ドラマだけ見れば、「日本というのは安倍という巨悪がすべてを仕切ってお友達だけがおいしい思いをしているのだ」という戯画的に単純化した話になってしまう。そういう「左翼の内輪ウケ映画」があってもいいが例えば百田尚樹氏の日本国紀とかをあれほど嘲笑しておいて自分達はソレってどうなんだと。続
結局起きていることは「巨悪の安倍」が全部悪いという話じゃなくて、政局利用しようとして真相の追求よりもセンセーショナリズムに全フリしたマスコミや野党も含めて、「登場人物全員のどこにでもある小悪の玉突き連鎖」の結果として自殺者が出たという構造になっている事が調べたらわかる。続
左派が礼賛する少し前の韓国映画には「学生を監禁して殺しちゃう公安警察」とか「デモ隊に発砲する軍隊とそれを隠蔽する政府」とかの「巨悪」が出てくるけどそれは一昔前まで韓国にはそういう独裁政権が本当にあったからで、民主化された国家にはそんな「巨悪」は左翼のファンタジーの中にしかない。続
一方アメリカのDon’t look up(ディカプリオ主演)とかは「敵であるトランプ派」だけを悪く描く形になってなくて「正義の告発者」が自分達の正義に引きこもることで何も伝わらないことや「意識高い系の自己満足的な感動イベント」にしちゃうことで結局何も変わらない状況等が強烈に皮肉られている。続
韓国映画だって「パラサイト」になれば明らかにそういう「巨悪世界観」は卒業しているし、だからこそ国際的評価も高いわけでしょう。延々と「左の内輪ウケ映画」を作って内輪で褒めて、多少でも批判されると「お前は政府の犬か」「臣民さまご苦労様」とか言ってるのが不健全なのは明らかです。続
確かに日本には現実のニーズと離れたところで「こういうのがOK」となった所に延々とお金が使われてしまう問題はある。少子高齢化なのに私学助成金貰う私立大学が増え続けたり、空き家が大量に問題になってるのに節税目的のアパートが乱立するとか・・でもそういうのは「巨悪」でなく「小悪の連鎖」 続
そういうのは全部「安倍という巨悪」じゃなくて自分も含めた「小悪の連鎖」によって起きているので結局現状の制度のどこに歪みがあるのかを真剣に考えてお金使って調べて解決するしかない。立民も69億円も助成金貰ってるんだからそれこそ「お友達」のPR会社に大金使ってないでちゃんと準備するべき。続
・・という記事を書きました。他にも色々論点があるので上記リンクから読んでいただければ。ついでに、「先週最も読まれた記事のひとつ」に選ばれた先行関連記事↓もよろしくお願いします!「出羽守バイアス」に負けずに個別具体的な課題と向き合って一つずつちゃんと潰していく事が大事という話です。 twitter.com/keizokuramoto/…
『石原慎太郎が亡くなったからNHKニュース9のキャスターが喪服を着ている』というツイートが左翼界隈でバズってて『NHKももう終わりだ!』てなってたからまさかねと思ってNHKプラスで見たら男性は黒でなく紺のスーツだし女性は上は黒だが下は白のスカートで、ちょっと想像力逞しすぎるだろと思った。続
同じ番組の中頃は日韓の自由貿易協定で韓国製品が安く買える、て話をしてて、人によったら保守派がここを見てNHKは韓国に乗っ取られてる!てなりかねない気がして、だんだん左右両方からNHKが仮想敵扱いされていく未来が見えてきた(笑)
日本社会が「竹中平蔵型ネオリベ原理主義」から脱却する為に必要な事は何か?という連続note更新です。「中身がない・リーダーシップがない」と散々な評価の岸田政権の「新しい資本主義」ですが、その「曖昧な理想」に中身を詰める事をしないと竹中平蔵は倒せません。続(二本あるのでURLはツリーで)
note.com/keizokuramoto/… まず一本目はコレ。安倍・菅が強引だから嫌だって言って引き摺り下ろしたんだから、岸田が多少優柔不断に見えても国民の自業自得みたいなところがあるわけですよね。ただ「強引なトップダウンはやめさせた」なら、我々国民の方がそこの空白を積極的に埋めにいかないと。続
そうやって妄想の中の幽霊と全力で喧嘩してても社会は前に進まないわけですが、じゃあどうすればいいのか?は以下のスレッドの話などをどうぞ。 twitter.com/keizokuramoto/…
昨日、北京五輪開会式見たんだけどなんか凄い『フツー』だった。08年北京みたいにナショナリズムゴリゴリな感じが抑えられてて、良く言えば上品・悪く言えばフツー。アレ見て『中国凄い!東京はほんとダメだった!』とか言ってる人は結論ありきで別に中国がどうだろうと同じ事言ってる人だと思う。続
北京五輪開会式のナショナリズムを抑えた表現は上品さも感じたが、実際の中国はナショナリズムゴリゴリの国作りをしてる中で、その臭いを必死に消してイマジンとか流すのはなんか不気味な空虚さを感じなくもなかった。その空虚さを埋める為のものが過剰にありすぎて困った(笑)のが東京五輪かも?続
祭りとか木遣りとかで木の五輪が完成するシーンとか例のゲーム音楽とか、東京五輪開会式は今見たらいいとこいっぱいある。ただ部品として良いものが沢山あるのを誰も『引き算』せずに全部並べてしまって冗長になるのは今の日本の失敗あるあるだね。でも過剰な程そういうのがある事自体は悪くない事。続
今の中国からナショナリズムを取ったらこういう空虚な上品さしか残らないのかな的な開会式は、『皆が勝手に自分世界を持ってて誰もまとめ役がおらずグダグダになった東京』からするとトップダウンにまとめきるパワーが羨ましいようで、想像以上に現代中国人が国家に魂売ってる感が不気味でもあった。続
ロンドン五輪はシェークスピア、北京は李白を引用してるのに東京はドラクエかよwwと嘲笑するツイートがバズってるが、東京はそこで『木遣りとか祭りとか民衆の労働風景とか』をハイカルチャー的スノッブさより上のものとして提示してて、むしろ世界観としては東京の方が先端的じゃないかと思うよ。続 twitter.com/keizokuramoto/…
ドラクエ部分も別にそんな悪い事じゃなくて、ハイカルチャー的スノッブさの権力性を解体してきた人類史の流れの先になんか共有するものを作りたい、て話なんでそれを否定したがる人の特権意識みたいなのが余計に社会の分断を煽ってる元凶みたいに思うけどね。東京の開会式の総括として考えるべきは 続
ハイカルチャー的な権威性に引き戻される事なく、『個々人が謳歌するそれぞれの世界』を認めた上でも、グダグダのバラバラにならずに社会を運営できるのか?ていうのが東京五輪開会式を総括した上で前向きに社会を変えていく時に必要な視点だと思う。李白に対抗して万葉集ならいいとか言う話ではない。
アメリカ在住のこの方のようなリベラル寄りの人物からこういう発言が出るのはとても健全な流れの変化と思う。アメリカのような過剰な他責性のクレーム社会化に抵抗したい事情が日本では「過剰な右傾化」的防衛反応を生んでいると思うので、紅衛兵タイプと過剰な排外主義は対消滅してもらわないとね。 twitter.com/tokophotoko/st…
羽生結弦さんとか平野歩夢さんとかの『個人の勝ち負けより自分の限界に挑戦』『特にその競技世界全体を進化させるような個人の挑戦』的な世界観は憧れるよねえ。個人の勝ち負けにこだわってないわけじゃないし負けたら悔しいだろうけど、大事なのはそこじゃないんだ!という意地というか。見習いたい。
一年たってもさらにヒートアップしつつある「オープンレター問題(呉座先生事件)」に関するnoteをアップしました。「お互いが相手サイドの本質的意義」を迎えに行く議論をする事が大事で、そこに「これからの人文・社会学」の大事な役割もあるはずだという話。続 note.com/keizokuramoto/…
今の日本の「ポリコレ的なものに対する反発」は、ポリコレ推進側がそこの「丁寧な議論」をする気が全然ないのが、日本社会側の必死の防衛反応に繋がってしまっているケースがほとんど。だからその「バックラッシュの暴言」とぶつかりあっていないで、「新しい全体最適」の為の具体的な議論をすべき。続
戦争になるのか・・・ しかしツイッターって、日本中の専門家と彼らがRTする世界中の専門家のコメントと現地在住者のリアルな映像がただぼーっとしてるだけで次々と舞い込んでくるの、地味にすごいよね。普段殺伐とした罵り合いの場にしかなってなかったツールの本来の使い方を思い出している(笑)