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世の中には大人になれる人と大人になれない人がいるような気がします。なれる人は小学校のうちから大人になってしまうこともあるし、なれない人は60歳になっても70歳になっても大人になれないように思います。スーパーで買い物をする時とかに自分の手を引いてくれる人がいないことにふと気づきます
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若い時は自殺したいという欲求と死に対する恐怖の間で葛藤することがありましたが、年を取ってくると、年齢による身心の変化に敏感になり、死はこちらから求めなくても近づいてくるのを感じます。疲労した体に過去の人生の情景が断片的に回想され、何か「本当は生きたかった」という想いがこみあげます
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もう生きていてもしょうがない、早く死んだほうがいいと思うことは多いです。ただ自分ができることは全部やってるだろうか、まだ何かやり残していることがあるかもしれない、できるのにやらないのはよくない、本当にやれることをやりきって最後の宿題を終えたら安らかに死ねるのではないかとも考えます
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どうせくだらないデマだろうとはみんな思っているのですが、そうしたデマに反応して動く人々のせいで本当に品薄になるということを予想して一応買っておくということを人々がするので本当に品薄になる、という事態が容易に予想されるのでやっぱりみんな買いに行くだろうと予想して、やっぱりみんな買い
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新宿御苑 rosso
イベント「しんえん」@scene6
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それでも人は生きていかなければならないので、この運命のねじれを何とかほどこうとするものです。後の人生で何かをかき集めることによって取り戻そうとしたり、政治や社会問題に入れ込んで何かの役割を果たそうとしたり、他人を思い通りにしようとしたりしますが、かえってねじれを酷くしてしまいます
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不幸な子供時代を送ったことによる傷は、心の病となって一生治らないものです。「本当はこうであるはずだった」というもう一つのストーリーが並行世界のように現実の裏に張り付いて板挟みになってしまいます。大人になるにつれて自分の子供時代の不幸の本質をより深く、より正確に理解してさらに苦しむ
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JR川越線 指扇駅
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精神的、肉体的にどん底に落ちて何もできなくなった時、「仰向けに寝る」ということをします。そこで一番重要なのは、布団を使わないということと、横を向いたりうつ伏せになったりせずに、あくまでも仰向けに寝るということです。布団にくるまったり体を丸めたりしたくなるものですが、それをしない。
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ハイヒールが身体に与える負担は大変なものです。あまり長い時間は履いていられませんし、足が長く見えるので履きたいと思っても身体へのダメージを考えて控えるほどです。到底他人に強制すべきものではありません。
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