一時期、Twitterにうつ病じみてて人間味を感じないが、文才とセンスは良いツイートを呟き続けるアカウントが多い時期があって、各々、ぼそぼそと独り言を呟き続けることにとても好感を持っていたんだが、同時に「オフ会で会ったら、全員、水槽の中の脳だったらどうしよう」という不安も抱えていた。
その頃に見かけたeufonirさんの「僕たちは絶望的な程の断絶を抱えていて、だからこそ一人一人に世界が与えられているという神話は考えられないのか」というツイートは本当に忘れられない。
冬になると異常な蟹のポスターが駅構内に貼られるけど、毎回どういう気持ちでデザインしてるんだろうな。
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「ラッキースケベの逆のアンラッキースケベってあるのかな」と考えたら、二十数年前に今は亡きダイヤルQ2でエロ音声を聞いたら、後日ロシアからの国際電話で高額請求が届き、父親に「何でロシアに電話した。ロシア語を何か話してみろ」と激詰めされたあげく、「…ボルシチ」と呟いた体験を思い出した。
どことは言わないけど、鄙びた温泉に出かけた時に主に饅頭がメインの古い土産屋が「温泉むすめ」とコラボしていて、店主のおばあちゃんが「お客さんも温泉むすめでこの温泉を知ったんですか?この娘、かわいいでしょう」とパネルを指差しながらニコニコと語ってきて、
「インターネットですぐにキャラクターを消費するオタクと、このおばあちゃんのどちらがこの娘を大切にしているんだろう…」と考えて泣きそうになったことがある。
週末に家に引きこもると感じるのだけど、家にいるとどうしてもスマホを触ってしまうし、Twitterを見ているとネット経由で社会と繋がっている感覚が少しある。少なくとも大学生の頃にほとんど大学に行かずにアパートに引きこもって、読書と映画視聴と妄想と銭湯通いばかりしていた頃とは、全然違う。
感傷する若い人の感性は若いのではなく、最初からジジイというのはその通りだけど、割とSNSで他人の人生や青春にまつわるフィクションに大量に接する環境だと仕方ないとも思う。その土壌で「自分の感覚を生きてる」実感を手に入れるにはどうしたらいいのか、という点が最も考えるべきことなんだろう。
羊の丸焼きが出てきて、オタク二十二人の盛り上がる声が神楽坂中に響いている。
今日の羊の丸焼きを食べる会。一人のオタクがTwitterを辞めていて、「私はインターネットを辞めました!」と宣言したら、周囲のオタクから万雷の拍手が響いたのが、完全に『ファイトクラブ』前半の自助グループの集会だった。
友人の中国人オタクから、「青梅は幼馴染、線はルートなので、中国語で青梅線は幼馴染ルートになる」という豆知識を教えてもらった。幼馴染ヒロインが好きな中国人オタクが青梅線に乗って奥多摩に向かう聖地巡礼(?)が、そのうち人気になるのかもしれない。
一応、日中は仕事をしているので、その反面、夜は仕事や現実から離れたフィクションを摂取して、自分の中でバランスを取っている。なので、アニメとか映画を観て、「仕事がんばろうぜ」「現実と向き合おうぜ」「成熟しようぜ」みたいなメッセージを見かけると、
地下鉄サリン事件、神戸連続児童殺傷事件など、日本が壊れていく不安が徐々に増しつつあった1990年代半ばの郊外の街。小学六年生のあなたは、近所の河原にエロ本が捨てられているのを知り、塾帰りに自転車で向かった。意気揚々とナップザックにペンギンクラブを収めて帰る途中、
突然、「こんな時に大人に見つかったら、僕は死刑になる…」と極度の不安に襲われる。10メートル走り、後ろを振り返る。誰もいない。また10メートル。誰もいない。ホッとして前に進もうとすると、背後から気配が…」から始まる、ノスタルジック・エロ本・ホラーゲーム。少年はどこへ逃げるのだろうか。
ある種のオタクにとっては、2000年代前半は「1990年代に終末を迎えなかった、ゲームオーバーの後日談」であって、「ゼロ年代」という独自の時代ではないんですよね。