喫茶店でモーニング食べていたら、死ぬほど疲れた感じの男子小学生が「うう〜、アイスください」と言いながら入店してきて、店のおばちゃんが「ちょっと休んでてね。今、お好み焼き作ってあげるから」と話が噛み合ってない現場に遭遇した。良いなー。
最近、この方がどれだけ大人の対応だったかを痛感する。
『耳をすませば』みたいな青春は十代の頃ですら99.99%の人は無理なので、せめてみんなで『カントリーロード』を演奏する時に後ろでタンバリンを叩くジジイになることを目指したい。
「鬼死骸停留所」という、あまりにも伝奇物と相性が良い場所に来ている。
確か中一の頃だったと思うけど、ダイヤルQ2というエロ音声に電話をかけたらロシアとの国際電話に繋がって、後日、膨大な電話料金を請求されて親父に問い詰められ、「ロシアに友人がいるんだ!」「それなら、ロシア語を喋ってみろ」「ボ、ボルシチ…」って言った後、父親に大激怒されたことはあります。
最近、地形を見るだけで「好き…」となった場所があって、日本唯一の飛び地の村・和歌山県の北山村です。じゃばらという柑橘類が名産らしい。
学生の頃にナマハゲを観に男鹿半島まで行ったことあるけど、真山神社の裏手でナマハゲの仮面を取った地元の若者が恋人とキスしている場面に遭遇した以外の記憶が失われている。
数年前から、『メイドインアビス』にしろ『宝石の国』にしろ『チェンソーマン』にしろ、読む地獄みたいな漫画がまた人気になっていて、(作品のジャンルというより読者の消費の仕方としては)『タコピーの原罪』も似ていてその流れに乗っている気がする。
タコピーを読んでいてその酷い展開に傷つくとかはなくて、最悪をせっせと作る最悪職人の技を見て「巧みだな…」「こうきましたか…」と唸らされている感じに近い。
「俺の地元には何もない」と言う友人の家に遊びに行った時、蛍が舞う散歩道の奥に温泉の共同浴場があったり、自宅の蔵の二階に友人が住んでいて一階は女の子がパン屋を開いているとか、ある種の人間にとって理想的なシチュエーション過ぎて、以降、「俺の地元には何もない」という言葉は信用できない。
「お主に奈良の半分をやろう」と言って南半分を渡そうとしてくる魔王、本当に邪悪だと思う。
「俺はコロナ」と言うおじさんが「俺もコロナ」と言うおじさんと出会ったら、どうなるんだろう。二人でハイエースに乗って北を目指す、ロードムービーに発展したりしないのかな。
昔は現実からインターネットに避難していた人達が、インターネットも現実になったので、その代わりに鄙びた温泉や二時間に一本しかバスが来ない街の旅館などに避難するために週末旅行していると考えると、妙に納得感がある。
「不要不急の外出」という表現を見る度に、「生活費がないから仕方なく働きに出ているのであって、会社通勤が自分の人生に必要な要素かというとすごく不本意。本来は、ローカル線に乗って鄙びた温泉宿を巡る方が、自分の人生に必要なんだ。仕方なく我慢するけど」と言いたくなる。
Twitterには四季(日本アニメキャラ白人説、仕事を無料で依頼してきた人のスクショ、サイゼリヤデートは有りか無しか、キャベツを食べるウニ)がある。キャベツを食べるウニ以外は、過酷な季節である。
Twitterを見ないで密教の本を読んだりして休日を過ごしていたら、「公害企業主呪殺祈祷僧団」という熱い団体がいたのを知った。法律家の見解も良くて、嫌がらせとしてもハイレベルだ。
正直、野田洋次郎が優生思想ツイートしたのは「ああ、私とは考えが違いますね」という感じなんだけど、それを「冗談」と言って誤魔化そうとしたことの方に、より嫌悪感を持った。
エモいものが好きな人でたまに「自分の感情を言語化されたくない人を見かけるのだけど、それは言語化能力がないというより、言語化しないことで感情を自分だけの所有物にしておきたい欲求が強い気がしてきた。それに対して、何かの記事で読んだように「語彙力がない」と評するのはあまりよくないな。
定年退職後の父親に「数十年働いてどうだった?」と感想を聞いたら、「つまんなかったなー」と返ってきたのだけは割と尊敬している。自分の人生の数十年を、カッコつけないで即座につまんなかったと認められるのはすごい。
秩父が誇る歴史的大衆食堂で、『幸せの黄色いハンカチ』の高倉健の「あの…しょうゆラーメンと…カツ丼ください…」のセットを頼むという、おじさん向けのインスタ映え行為をしていた。
自分のためだけに生き続けるの、大体、三十歳くらいで自分自身に飽きてくる人が多い気がする。その後は、好奇心の消化試合が何十年も続く。
博物館が誰にでも開かれているのは確かにそうだけど、最寄りの博物館が、上野の国立博物館や国立科学博物館の人と、地元の役場を定年退職したおっさんが窓口を勤める郷土資料館や民俗資料館という人の環境の違いをどう埋めるのか?という点を話さないと、理念で終わる気もするんだよな。
成人式はあるのに中年式はないので、いつまでも若者気分の中年が発生して、成人式の思い出を語ったりする。
友人との話で、「twitterは怒りたい人が増えてつまらなくなってきたので、逆にコンテンツしかないテレビの方が面白く思えてきた」というのは確かにそうだなと思った。その流れで、知らない人とのコミュニケーションよりアマプラなどで映画を楽しむためだけにネットを使う人も見えにくいだけでいそう。
江ノ島に行く時に、多くの人が気になるであろう旅館へ、会社帰りに宿泊してきました。大変良かったです。