こどもの日の企画として、『メイドインアビス』を無料配信するの、人の心がないのか。
「俺はコロナ」と言うおじさんが「俺もコロナ」と言うおじさんと出会ったら、どうなるんだろう。二人でハイエースに乗って北を目指す、ロードムービーに発展したりしないのかな。
オタクのアニメや漫画への熱意が加齢と共に冷めていったら、最早自分のアイデンティティとなる核がなく、ところてんみたいにキモだけがニュッと出てくる感じがある。その上で、残りの人生は自分のキモに向き合いながら生きていかなければならないとしたら、ウンザリする。
「俺の地元には何もない」と言う友人の家に遊びに行った時、蛍が舞う散歩道の奥に温泉の共同浴場があったり、自宅の蔵の二階に友人が住んでいて一階は女の子がパン屋を開いているとか、ある種の人間にとって理想的なシチュエーション過ぎて、以降、「俺の地元には何もない」という言葉は信用できない。
「不要不急の外出」という表現を見る度に、「生活費がないから仕方なく働きに出ているのであって、会社通勤が自分の人生に必要な要素かというとすごく不本意。本来は、ローカル線に乗って鄙びた温泉宿を巡る方が、自分の人生に必要なんだ。仕方なく我慢するけど」と言いたくなる。
正直、野田洋次郎が優生思想ツイートしたのは「ああ、私とは考えが違いますね」という感じなんだけど、それを「冗談」と言って誤魔化そうとしたことの方に、より嫌悪感を持った。
確か中一の頃だったと思うけど、ダイヤルQ2というエロ音声に電話をかけたらロシアとの国際電話に繋がって、後日、膨大な電話料金を請求されて親父に問い詰められ、「ロシアに友人がいるんだ!」「それなら、ロシア語を喋ってみろ」「ボ、ボルシチ…」って言った後、父親に大激怒されたことはあります。
「お主に奈良の半分をやろう」と言って南半分を渡そうとしてくる魔王、本当に邪悪だと思う。
最近、地形を見るだけで「好き…」となった場所があって、日本唯一の飛び地の村・和歌山県の北山村です。じゃばらという柑橘類が名産らしい。
定年退職後の父親に「数十年働いてどうだった?」と感想を聞いたら、「つまんなかったなー」と返ってきたのだけは割と尊敬している。自分の人生の数十年を、カッコつけないで即座につまんなかったと認められるのはすごい。
博物館が誰にでも開かれているのは確かにそうだけど、最寄りの博物館が、上野の国立博物館や国立科学博物館の人と、地元の役場を定年退職したおっさんが窓口を勤める郷土資料館や民俗資料館という人の環境の違いをどう埋めるのか?という点を話さないと、理念で終わる気もするんだよな。
学生の頃にナマハゲを観に男鹿半島まで行ったことあるけど、真山神社の裏手でナマハゲの仮面を取った地元の若者が恋人とキスしている場面に遭遇した以外の記憶が失われている。
『ヤサシイワタシ』のこれを思い出した。
昔は現実からインターネットに避難していた人達が、インターネットも現実になったので、その代わりに鄙びた温泉や二時間に一本しかバスが来ない街の旅館などに避難するために週末旅行していると考えると、妙に納得感がある。
東京オリンピックのマークが、新型コロナウイルスにしか見えなくてウケる。
友人との話で、「twitterは怒りたい人が増えてつまらなくなってきたので、逆にコンテンツしかないテレビの方が面白く思えてきた」というのは確かにそうだなと思った。その流れで、知らない人とのコミュニケーションよりアマプラなどで映画を楽しむためだけにネットを使う人も見えにくいだけでいそう。
シン・エヴァの制作ドキュメンタリーのはずなのに、みずほ銀行システム再構築のドキュメンタリーを見ているかのように、心臓が痛くなる。
江ノ島に行く時に、多くの人が気になるであろう旅館へ、会社帰りに宿泊してきました。大変良かったです。
自分のためだけに生き続けるの、大体、三十歳くらいで自分自身に飽きてくる人が多い気がする。その後は、好奇心の消化試合が何十年も続く。
エモいものが好きな人でたまに「自分の感情を言語化されたくない人を見かけるのだけど、それは言語化能力がないというより、言語化しないことで感情を自分だけの所有物にしておきたい欲求が強い気がしてきた。それに対して、何かの記事で読んだように「語彙力がない」と評するのはあまりよくないな。
細田守作品がイラつかれがちなのは、社会的な枠組みで対応可能に感じる問題を、御伽噺みたいなリアリティラインで突き進めようとする点が大きいと思う。だから、次回作は社会では対応できない問題を描いてほしい。具体的には、ショタしか出てこない『寄生獣』を映画化したら、名作になると思う。
四十年後の老人ホームで、『とらドラ!』の話で激しい口喧嘩になるも、すぐにアンドロイド介護士さんが音楽レクリエーションを始めて、強制的にタンバリンを叩かさせられるオタク老人のことを考えると涙が出てくる。俺たちの未来だ…。
葬式で故人が好きだった音楽をyoutubeで流していたら、突然、楽天カードマンが現れた時の葬祭場の空気について考えたら、居た堪れない気分になってきた。
最近、この方がどれだけ大人の対応だったかを痛感する。
「鬼死骸停留所」という、あまりにも伝奇物と相性が良い場所に来ている。