モテる友人に好きなタイプを聞いた。「お洒落な人かな」さらりと答えるその姿に憧れる。確かに彼女の元カレはみんなお洒落だった。けれど、まさかこだわりが服装だったとは。「へえ。かっこいい、とか優しい、とかじゃないんだね」驚く私に、友人は再びあっさりと返した。「え、それは大前提でしょ?」
好きだけど話すのが怖い。そんなことを考えるくらいには、恋という病が進行していた。『今週末どこか行かない?』勇気を振り絞って送ったLINEは、二分後に返事がきた。『先週も出かけたし、今週はいいかな』淡白な君らしい文章に気が遠くなる。君は週に一度でも多すぎで、私は毎日だって会いたかった。
大好きなアイドルが引退した。平凡な僕の顔まで覚えてくれた完璧なスター。夕方、欠けた心を抱えて街を歩く。今頃あの子もどこかで暮らしているだろうか。ふと顔を上げると、信号の向こうに憧れのあの子の姿が見えた。確かに目が合った。僕らは無言ですれ違う。涙を堪えて、僕は完璧なファンになった。
両親が離婚した。「お母さんとお父さん、どっちと暮らしたい?」そう聞かれた私はお父さんと答えた。母はいつも顔色が悪く、毎晩のように酔い潰れていたので二人になるのは不安だった。その日から半年。久々に会った母は別人のようだった。穏やかな笑顔を見て、誰がその顔を暗くさせていたのか悟った。
私は幸せ者だ。飲み会から帰った夜。ベッドに倒れこんだ私の代わりに、彼はクレンジングシートでそっと顔を拭いてくれた。「気が利くね」「でしょ?」自慢げに笑う彼は、ヒールでむくんだ足のマッサージまでやってくれた。彼は優しくていい人だ。だから、誰から教わったの、なんて聞かないのだ、絶対。
彼女はピアノを弾く時だけお揃いの指輪を外す。日曜日、クーラーが効いたリビングまで音の波が寄せていた。彼女が演奏を始めたようだ。僕はそっとピアノのある部屋に近づき、その姿を見守った。少しだけ妬ける。銀色の指輪を外した白く細い指は、あの美しい楽器と透明な糸で結ばれているように見えた。
年下の彼氏ができた。二歳しか変わらないのに、待ち合わせの公園でソワソワしているその姿が愛おしくて仕方ない。「お待たせ」私が声をかけると、嬉しそうに振り向いた。「あ、今日の服可愛い、ですね」ありがと、と言いながら、にやけないように必死だった。がんばれ、後少しでタメ口になりそうだよ。
「絶対開けないでね」彼女は僕に封筒を渡して言った。「私のどこが好きか分からなくなるまで」春、彼女は地元を離れた。お互い初めての遠距離恋愛。新鮮だった夜の通話は、すぐ物足りなくなった。僕は冬が来る前にあの封筒を開けた。中のカードにはこう書かれていた。『最後は会ってさよならをしよう』
「付き合う前の方が楽しかった」申し訳なさそうに、けれどゆっくり、はっきり、恋人は言った。それが別れの言葉になった。現実から逃げたくて夜のカフェで漫画を読んだ。思春期にハマっていた、ページをめくるたびにハラハラする少女漫画の数々。そのどれもが、主人公の恋が実ってすぐに完結していた。
「二人はなんで同棲しようと思ったの?」友人を交えた飲み会でそんな質問を受けた。理由か。彼の家の方が職場に近いし、節約にもなるし、あとは……。どれを挙げようか迷っていると、彼がさらりと答えた。「一緒に住みたかったから」友人は単純、と笑ったけれど、私にはその答えが胸に深く響いていた。
感動する映画を観て、彼に会いたくなった。『今から行ってもいい?』『うん』彼からの返事を確認して電車を降りた。飲み物とお菓子を買って家へ。彼は勉強をしていた。「大好き」そう言って抱きつく。「え、なに」その言葉にすっと熱が冷めた。駄目だ、彼を悲しませたくなる。私は愛を伝えにきたのに。
私は嘘つきだ。ずっと一緒にいようね、も嘘。君が世界一かっこいい、も嘘。大人になっても君が好き、も嘘。二人目の彼に頬を寄せた。懐かしい散歩道で、悲しいほど赤い鬼灯が風を受けて揺蕩う。「ずっと一緒にいよう」彼の言葉が降る。いつも嘘だけつけたらいいのに、未完成な私は何も言わずに笑った。
彼氏と別れてスッキリした。何度も泣いて喧嘩をして、けれど最後は離れる覚悟を決めた。彼好みの長い髪を切って一人旅へ。旅立ちの朝、昔のように濃いメイクをしようとして、手が止まった。ナチュラルな色のコスメしかない。使い慣れた桜色のリップを伸ばす。鏡に映る私は、まだ彼の色に染まっていた。
「好きって言ってよ」それが彼女の口癖だった。恋人なんだから、好きに決まってるのに。「そんなの僕らしくない」顔を背けて歩く。口下手な僕も認めてほしかった。仕方ないな、と苦笑いした彼女は、その夜事故に遭った。笑っていない顔を久々に見た。僕はずっと、彼女の人間らしい部分から逃げていた。
息子に何度電話をかけても出てくれない。一人暮らしを始めたばかりで心配なのに。仕方なくLINEを送ると『ごめん寝てた』と短い返事がきた。『いつも寝てるわね』と打とうとして、やめた。窓の外では夕立が降っていた。亡くなった母が恋しい。私も同じことを言って、母からの電話に出ない時期があった。
📚140字の物語 こちらは140字ぴったりの創作です。
覆面バンドのギターを担当していた。出した曲は売れに売れた。けれど人気絶頂の中、まさかの余命宣告を受けた。今は別のギタリストが僕の仮面を被って演奏している。ファンは誰一人気づかなかった。静かすぎる病室でスマホを眺める夜。しつこかったアンチの一人が、弾き方が違うとネットに書いていた。
背の高い君を、私はすぐに見つけられる。けれど君はいつも私を見失う。恋人になった夏。花火大会で人波に流され、私達は離れ離れになった。会場を見渡し、私は木に寄りかかる君を見つけた。君は困った顔もせず目を閉じている。叫びたくなった。探してよ、私を。広い広い海の中から、見つけにくい私を。
「誰かを好きになったことある?」クラスメイトの君とプリントを抱え、静かな廊下を歩く。「ないな。いつ気づくの、好きとかって」僕の答えに君はそっかぁ、と頷いた。お子様だと呆れてるんだろう。「好きになると、相手の恋愛経験が気になるの」夕日が差す廊下に響くその声は、なぜか少し震えていた。
「距離を置こう」彼はそう言って少し泣いた。「ごめん、全然好かれてる気がしない」その背中を見て子どもの頃枯らしてしまった花を思い出した。きっと私は愛の注ぎ方も下手なのだ。自己満足でしかなかった。できたての料理は彼に差し出して、冷めた方を食べる習慣も。彼が泊まる時は、早足で帰る夜も。
国語の先生の滑らかで整った字が好きだった。数学の先生の右上がりな字も好きだった。社会の先生の丸い字も好きだった。黒板の写真を見た。そんな一瞬の出来事で三年間の思い出が溢れて止まらない。けれど他の先生の字は思い出せなかった。抜け落ちている。抜け落ちていく。少しずつ、息をするたびに。
「二度目の恋は初恋の模倣だ」高校の先輩は時々そう呟いていた。「だから初恋と比べてしまうのさ」美術室の窓から外を見る先輩は、叶わぬ恋をしていた。ロマンチックで、現実的。そんなキャッチコピーが似合う人だった。春、私は大学生になって恋人ができた。スポーツ好きで素直な人だ、先輩と違って。
お知らせ🎉 この秋、神田澪の「140字の物語」を KADOKAWA様より書籍化していただくことになりました。 今まで応援してくださった皆様のおかげです。ありがとうございます! 詳細が決まり次第、またご報告しますので、楽しみにお待ちください✨
君はいつもそばにいてくれる。雨に追われ、二人で佇む公園の屋根の下。「寒くない?大丈夫?」君はそう言ってパーカーを肩にかけてくれた。自分だって寒いはずなのに。君よりも優しくしてくれる人が、この世界のどこにいるだろう。伏せた睫毛が濡れる。どうして。こんなにも君を、好きになりたいのに。