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今日(7/7)は二十四節気の一つ「小暑」。暑さが本格的になり、蝉が鳴き始める頃です。画像は林羅山旧蔵の『万葉集』巻十五より――石走る滝もとどろに鳴く蝉の声をし聞けば都し思ほゆ――蝉の鳴き声を、轟く滝の水音に例えています。buff.ly/31GhZ5W
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文化14年(1817)3月22日光格天皇は仁孝天皇に譲位しました。画像は光格天皇が上皇の御所である仙洞御所へ向かう行列を描いた絵巻『桜町殿行幸図』の中から鳳輦(ほうれん)の部分。同資料は4月6日から始まる特別展「江戸時代の天皇」で展示予定。お楽しみに!#江戸時代の天皇digital.archives.go.jp/DAS/pickup/vie…
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正月15日には、邪気を払うため、小豆粥を食べる風習があります。画像は江戸時代の食物本草書『本朝食鑑』より、赤小豆(あずき)の粥について記した部分。米に小豆を合わせてよく煮たもので、本書が刊行された元禄時代(1700年頃)には、粥に餅を入れて食していたようです。
buff.ly/2RfT7v6
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平成30年度第1回企画展「戊辰戦争―菊と葵の500日―」開催中!戊辰戦争では、新政府軍に錦旗(錦の御旗)が与えられました。画像は絵師の浮田可成(うきたかせい)が政府の命で作成した、錦旗の模写図(現在展示中)。ぜひ展示会場でご覧ください!#菊と葵の500日
buff.ly/2IgMIdf
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画像は『古今要覧稿』から「雪山(せつざん)」という品種の白いサザンカです。同書は幕臣の屋代弘賢が編纂した百科全書。現在開催中の企画展「江戸の花だより」にて展示中(12/2~)。江戸時代に描かれた植物図は必見。buff.ly/2AJDoy1
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(承前)本声明では、全世界の政府、企業、及び研究機関に対し、各機関の意思決定や活動を、現在と将来のために記録に残すよう呼びかけています。
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今日(3/18)は人丸忌。歌人の柿本人丸(人麻呂)の忌日とされます。平安時代には人丸の絵を飾って和歌の上達を願う「人丸影供」という風習がありました。『十訓抄』によれば藤原兼房が夢に現れた人丸を絵に描かせたのがきっかけだったとか。画像の挿絵は江戸時代風ですね。 buff.ly/3bAQYFM
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用明天皇2年8月2日(587年9月9日)は崇峻天皇が即位した日とされます。しかし、即位5年目に蘇我馬子の陰謀により暗殺。徳川家康が慶長19年(1614)に書写させた聖徳太子の伝記『聖徳太子伝暦』には、崇峻天皇を見た太子が「横死の相がある」と予言したという逸話が載っています。 buff.ly/3xcocmu
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延元3年/建武5年閏7月2日(1338年8月17日)、新田義貞が越前藤島で討死。後に南朝の忠臣として顕彰されますが、当時は朝敵として獄門にかけられました。画像の『太平記』の挿絵には、恋人の勾当内侍(こうとうのないし)が義貞の首の前で泣き崩れる様子が描かれています。 buff.ly/3wchgW4
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冬の味覚といえばアンコウ鍋。鍋には、身の他に、肝や心臓、皮やひれなども入れられており、無駄なくアンコウを味わえるそうです。画像は江戸時代の魚類画集『魚仙水族写真』よりアンコウの図です。ここでいう写真とは精密な写生画のことで、色味や模様もよくわかりますね。
buff.ly/2M4sk5U
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承久3年6月15日(1221年7月6日)、後鳥羽上皇に与して北条義時打倒を図った三浦胤義が自害。承久の乱が終結します。胤義が上皇側についた理由は諸説ありますが、画像の林家旧蔵『承久記』は、前夫(将軍頼家)との子を義時に殺された妻のために参陣したと語ります。 buff.ly/39gsJOT
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書物奉行という仕事をご存じですか?江戸幕府で図書の収集や整理、保存等を担当していた職業です。当館の研究紀要『北の丸』第52号では、書物奉行を務めた旗本、鈴木白藤(すずきはくとう)を中心に、書物奉行の交友や文化的活動、役割を紹介しています。ぜひご覧ください!
buff.ly/39H1ece
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昭和42年(1967)1月27日、日本を含む多くの国々が、平和的目的のための宇宙探査・利用についての国際協力を規定した、通称「宇宙条約(宇宙憲章)」に署名しました。画像は同年10月11日に同条約を公布した御署名原本です。宇宙条約、壮大でかっこいい響きですね。 digital.archives.go.jp/img/675687
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寿永3年/治承8年(1184)2月7日、源義経率いる軍勢が平家の軍勢を壊走させた一の谷の戦いが起こりました。若武者である平敦盛の最期は古典の教科書にも載っていますね。画像は謡曲『生田敦盛』の謡本で、実は敦盛には遺児がいたという伝説をもとに作られています。
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嘉永7年(1854)7月9日、幕府は日本船を異国船と区別するため、日の丸を日本惣船印とすることを定めました。このことは『徳川禁令考』等の他、『嘉永雑記』にも記されています。『嘉永雑記』は江戸で剣術指南を業とする藤川貞が記した雑録です。buff.ly/2sMCJJe
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昭和9年(1934)7月8日は、岡田内閣が発足した日です。海軍長老の岡田啓介によって組閣された、穏健な「中間内閣」でしたが、「二・二六事件」を受けて瓦解しました。画像は、「二・二六事件」の後、岡田首相の生存を発表した際の資料です。buff.ly/2tKSLCP
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もう明日が待ちきれない!?―いつしかとまたぐ心をはぎにあげて天のかはらをけふや渡らん―歌人藤原兼輔の『兼輔集』収載のこの和歌は旧暦7月6日に詠まれたもの。七夕の逢瀬を待ちきれない彦星が、恋心も足も丸出しにして天の川を渡っています。ユーモアに満ちた和歌ですね! buff.ly/3w67Fjq
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慶長7年(1602)2月1日、徳川家康に仕えた重臣の一人であった井伊直政(いいなおまさ)が没しました。画像は『武家事記(紀)』より、直政の事績の記述の最後の部分。大河ドラマ #どうする家康 では #板垣李光人 さんが演じています。どのように描かれているのか楽しみですね。 digital.archives.go.jp/img/4139068/20
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木々が芽吹き並木道が美しい季節になりました。明治6年(1873)には並木をみだりに伐ってはならないという布告が各府県に出されました。並木は風雨寒暑の時に道行く人を防護しているとその役割を記しています。画像は『公文録』より大蔵省から正院への伺いと布告です。 digital.archives.go.jp/img/3034153
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明治19年(1886)7月、東経135度の時刻を日本の標準時とすることが定められました。『公文類聚』では、もし東京を基準とすると、国際的に中途半端な時間となるだけではなく、西端(沖縄周辺)では実際の時間と1時間程度ずれてしまうとし、東経135度を用いるべきとしています。 buff.ly/3xm1Qj9