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うん、色んな「アレが嫌い あんなの理解出来ない」系のツイートを読む度に
故 飯島ゆうすけ先生の言葉
【それは、その作品が 僕らを あなたをターゲットにしてないのです】を思い出す。
ホントいい言葉残してくださった。
これでだいぶ落着く。
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なんかやたら弓月光先生に食いついてる輩がおられるが
ハッキリしてるのは
漫画というものは
世界的メガヒットを1本出す確率よりも
【50年 常に商業誌で、現役で一線級であり続ける】方が、遥かに難しいという事。
メガヒットは「漫画以外のメディアの手助け」が必要だが、弓月光先生はほぼ個人だ
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これはアニメに限らず全ての商品に言える。
【この商品は自分をターゲットにしていない】
だから良さが分からないし
興味も湧かない。
商品としては【狙った層に刺さればOK! それが正解】でしょう。
僕の苦手なマイルドヤンキー商品郡も、そこの需要に刺さってるのならビジネスとしては正しい。
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1981年
既に僕はアニメーターとなり2年目。
そんな時に噂が飛び交った。
「なんでも大阪でアマチュアが変なフィルムを作って大受けしたらしい」
そんなの「ふーん」でしか無い。
後日、友人がそのビデオを観せてくれた。
いやこれは楽しいね。
楽しいけどさ。
こんなのやっていいの?
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もちろん何の打ち合わせも無い。
あまりの反応の良さに娘もビックリ。
「いやーお父さん あたしゃ関西人のノリは本物だと思ったよ」
あの時撃たれてくれた男子諸君 ありがとう。
娘には一生の思い出になったでしょう。
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やっとマトモな分析が出て来た。
というか、とっくの昔にアニメ業界にいた人間なら気付いてたはずだ。
アニメ業界の低賃金は手塚治虫のせいなのか? 見えてきた意外な真実 @gendai_biz gendai.ismedia.jp/articles/-/751… #現代ビジネス
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ああそうか
1975年の宇宙戦艦ヤマトって【本当の戦艦大和が1945年に沈んでから、たった30年しか経っていない時代に作られたアニメ】なんだ。
終戦時10歳だった少年が、40歳の時にヤマトを作ったと考えれば、それは他人事じゃない本物の戦艦だ。
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レイアースのアニメのキャラクターデザインを担当した石田敦子さんとは、何度かお話させて頂いたのですが、ぬりえの仕事の時にキャラクター表を一式もらって
その端々に石田さんが「胸を強調したカゲは付けないで」とあり、なるほどなあと。
放っておくと男は、すぐデカく描いちゃうからね。
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1981年9月頃
「うる星やつら」がTVアニメ化される事となり、スタジオぴえろの仕事をニルスから受けたいた我がスタジオも参加となった。
「宮尾くん、こういうの好きだろう」と先輩に言われ、原画を描く事に。
いや、先輩
好きだけど
好きだけどな
これはちょっと…
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ちょっと前に「歴史を変えたアニメは」みたいなのがあったが
日本においては間違いなく、1974年の宇宙戦艦ヤマトだ。
これは従来アニメ(テレビまんが)は、【明るく正しく良い子のために】作るのが正しいとされていた。
だから作品内には必ず子供がいた。
つまりそれが観てる子供の分身だ。
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ネトフリでもどこでもいいから【OAVチャンネル】っての作ってくれないかな。
1983年より20年間の、オリジナル・ビデオアニメーション専門チャンネルだ。
18禁も含めて、もう玉石混交の作品群。
そんなの誰が観るんだ(^_^;)
俺は観る!
のヒトは🤚を
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今の日本で、二次創作を完全否定してしまうと
漫画やアニメなどの文化そのものを否定する事に成りかねない。
アマチュアの時は、描くきっかけは ほぼ模倣から入るし、そこから学んで自分の絵が育つ。
これは間違いない。
僕だってここで他人様のキャラクターを落描きする。
それはとても楽しい。
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こういうのは嬉しいなあ。
鬼滅だからというより、40年を生き残ったアニメ三誌の共闘だよ。 twitter.com/kumazawa_kamat…
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当時から僕は、うる星やつらのラムちゃんは「女性漫画家が少年サンデーで生んだこと」というのが、すごく大きいと思ってた。
オトコが「いつも半裸ビキニで主人公の男の子のそばを離れない娘」を描いたなら
『これだから男の妄想はいやらしい』って声が女性から上がると思う。