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重箱の隅をつつくようで申し訳ないけれど、記事のタイトルにもなっているので。ダンゴムシは虫です。ついでに言えば、トカゲやヘビも昔は虫でした。先生間違っていません。漢字で書くとトカゲは蜥蜴、ヘビは蛇。虫は昆虫とは違い、学術的な言葉じゃないそうです。
maidonanews.jp/article/147508…
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この記事を読んでなぜか思い出したこと。塾を主宰していたとき、学歴で人を判断する親はやりにくかったな、ということ。特に高学歴の親に目立った。自分より学歴が低いと見ると人を見下す。こうした親だと、子どもも大人をナメてかかりがち。成績よくてもトラブルメーカー。 maidonanews.jp/article/147508…
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私が懸念しているのは、富裕層の中に、公教育はできる限り縮小し、サービスを低下させ、進学なんかまともにできないようにし、自分たちの子どもは私立に通わせ、事実上、お金で学歴を買える社会に変え、学歴で社会階層を固定しようと企む人の話を複数回聞いたこと。
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定年退職してヒマになって家にいて疎外感孤独感から子どもの声に苛立ったものか。そんな了見の狭い苦情言ってるくらいなら、子どもたちと一緒に遊べばいいのに。名誉教授?まずは名誉も外そうか。そんなくだらんもん、もういらんでしょ。それより子どものために動いてよ。 msn.com/ja-jp/news/nat…
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昔、近所の公園で花火をして騒いでいた若者がいました。近所のおっさんが怒鳴りつけました。しばらくして騒ぎは一層ひどくなりました。夜九時半になった頃、父が公園に向かいました。「お楽しみのところ悪いな。あそこ、病院やろ。消灯10時やねん。とは言っても少し前から静かでないと寝付けんねん」 twitter.com/yuzupon_panda/…
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三国志の時代が始まる直前、後漢末には、今で言う新自由主義が流行っていた。財政難を解決する画期的なアイデアとして、「売官」を行った。官職をお金で買えるシステム。上位の官位になればなるほど高額のお金が必要。名誉もほしいお金持ちがこの制度を利用して太守とかにおさまった。
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貧富の格差を放置し、むしろ拡大するような政策を続け、庶民を低賃金のまま苦しめた結果、法が法として機能しなくなった。犯罪をおかして牢獄につながれるのと、低賃金で金持ちのためにあくせく働くのと、どれだけの違いがあるだろう?となったとき、法律は機能しなくなる。
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幕末の日本を見た外国人の証言によると、日本は「子どもの天国」に見えたらしい。男性たちが幼児を連れて集まり、子供自慢をして笑っている姿が描写されているという。イクメンなどとおだてる言葉がなくても、江戸時代の男性は子育てを楽しんでいたらしい。
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現代の日本は、歴史上かつてないほど子どもと触れ合わない社会なのかもしれない。私のところには研究しに学生がよく来るのだが、赤ちゃんや幼児と触れ合う機会はほとんどないらしく、赤ちゃんを初めて抱いたという学生が多かった。子どもは苦手だ、という女子学生も。でも触れるようになると楽しそう。
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特に戦後昭和の日本は、男性が子どもと触れ合うことがなかった時代かもしれない。私が子どもの件で都合が悪いというと「奥さんがいるなら任せておけばいいじゃないか」という上司も、まだいた。共同研究先の企業の方複数が来て、育児休暇を取るという若い男性が。するとその上司の方が。
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「時代が違うなあ」と言いながら、子どもが生まれるという電話があっても仕事をしていたというちょっとした自慢話をしようとして、若い人たちの反応が白けていることに気がつきトーンダウンした。そんなだから、子育ては奥さんに任せっぱなしだったらしい。子どもとの接触も少なく。
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子どもとの接触が激減した原因、3つほど思い浮かぶ。一つは戦後昭和のシャカリキ労働で休みもなく働くスタイルが当たり前で、専業主婦の妻に子育てを任せっぱなしだった時代が長かったこと。それでも、自分たちは世代を超えて遊んだ子供時代を過ごしていて、子どもと遊ぶのが好きな人も多かった。
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2つ目は少子化。子どもの密度がひどく下がった。近くの小さな公園に行っても子どもの姿がない。友達と遊ぼうと思ったら、親にクルマで運転してもらって連れて行ってもらわねばならないほど離れている。もちろんそんなだからアポを取っておかないといけない。そのくらい子どもの密度が下がった。
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3つ目の問題は、親以外からの子供への接触がしにくい時代が長かったこと。酒鬼薔薇聖斗の幼児殺害事件からしばらく、子どもをターゲットにした事件が相次いだ。それまでは「公園に遊びに行っといで」と言えば済んだのに、親の同伴無しで公園にやることが恐くてできなくなった。
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それ以来、公園を見ても子どもの姿を見ないのが数年続いた。2000年代前半だったように記憶する。
ちょうどそのタイミングで、いわゆる「ゆとり教育」がスタートした。残念ながらタイミングが非常に悪かった。バブル崩壊してなお経済が持ち上がらず、景気を上げようと残業につぐ残業の毎日。
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この記事は2019年に思い出して紹介したものだけれど、実際に起きたのはさらに数年前。この記事にも書いたように、母親は必死に子どもを静かにさせようとするけど子どもは気にせず大騒ぎ。電車に乗り合わせた大人たちは不満げな怒りの表情で、「親がなんとかしろ」オーラ。
corobuzz.com/archives/141255
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それが、保育園などの子供施設を騒音発生工場のようにみなし、迷惑だと平気で反対できる社会に変えてしまったのだと思う。子どもの声を騒音だと認識してしまうのは、子どもと接触する機会を失ったためだと言えるだろう。
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少子化でますます大人たちは子どもとの接触機会を失っている。接触することがなければ親しみはなく、ただの騒音になってしまう。子どもは「迷惑な存在」になりかねない。この状況が悪化すれば、ますます子育てしにくい社会となり、少子化をとどめることは難しくなるだろう。
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「生産性向上」という言葉が大手を振って歩く現代では、兼業農家は「悪」として語られることが多い。本気で農業をする気がないとか、土地が高く売れるのを待っているとか。しかし暉峻衆三著「日本の農業150年」を読むと、違う姿が見えてくる。少しこのこと、「前提を問う」ことで考えてみたい。
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食品ロスをフードバンクや子ども食堂通じて食べてもらえば一挙両得、という話がよくあるけれど。
シングルマザー支援の方によると、試しに頼んでみたら、当然ながら売れ残りのよくわからない食品ばかりで、栄養のバランスは考慮されてない。大半捨てねばならず、メリットは大変薄いという。
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阪神大震災は1月17日に起きた。真冬でともかく寒かった。このため、救援物資として毛布を送ってほしいという呼びかけがなされた。すると、全国から大量の毛布が送られてきた。この時困ったのが、汚れた中古のものが少なくなかったこと。というか、多かった。衛生面で不安があり、それらは廃棄した。
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困ったのは、仕訳に人手がかかること。大量に積まれた段ボール箱を一つ一つ開け、何が入っているかを確認せねばならなかった。何が入っているのか外側からは全く分からないものも多かった。使えないものはゴミ。これが非常に大量で、場所も取られた。
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これと同じことが、「食品ロスとフードバンクを結び付けるアイディア」で起きている。貧しい人に食品を配るには、余って捨てられるだけの食品ロスを食べてもらえば一挙両得じゃないか、ということで、ニュースなどでもよく取り上げられている。しかし、現場の方から聞くと、阪神大震災の毛布状態。
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あまりに奇抜過ぎて食べようと思えない商品や、賞味期限切れのもの。奇妙な調味料が妙にたくさん。コメとか、ベーシックに腹を膨らますことができておいしいものが皆無。何かないかとボランティアも仕分けするのだけれど、ほとんど廃棄に回すしかなかったりするのだという。
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仕訳する人手もとられる、何とか食べられるものだけ自動車に乗せて対象者の人に届ける、なんて手間を考えると、「買ったほうが安い」。結局、食品ロスをフードバンクに回せばよい、というアイディアはよさそうに見えて、単に体の良いゴミ箱扱いにされているケースがあるという。