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狐はいつも寝物語に外の世界の素晴らしさを語りました。「美味しいものがたくさんある」「狐さんのご飯が一番美味しいです」「綺麗な人や物がたくさんある」「僕の目には見えません」「金が…、何も不自由しないくらいの金が稼げる」「貴方と楽しく暮らせるだけのお金があればいいのです」しかし、
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返すのはお金でも毛皮でもなくていい。貴方自身で払っていただければ」と。狐は最初意味がわかりませんでしたが、手首を這う医者の手が二の腕まで伸びてきた時に、ようやく気付きました。狐はほんの少しだけ悩みましたが、ほんの少しの後にしっかりと「わかった」と頷きました。そも、狐には一生
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かかっても返せないだけの借金があるのです。それが少し増えたところで痛くも痒くもありませんでした。自分の体で黒猫を素晴らしい世界へ送り出せるなら、それ以上に良いことなどないと思ったのです。狐は用意周到な医者と契約書を交わして、来た時と同じようにこっそりと家に帰りました。
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頭も賢いので、しかるべき教育を受けさせてあげたいと思っていました。もっと大きな街の全寮制の学園に入れてあげられれば、それが一番いいと。しかし、手術も受けさせて立派な学園に入れてやるには、金も毛皮も足りません。とりあえずは目の手術を優先して…、と語る狐に、なんと医者が「よければ私が
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援助しましょうか」と申し出てきました。狐が驚いて顔を上げると、医者は「今のお話に胸を打たれました。良ければ私がお金を出しましょう」と。「本当に?」と驚く狐に、医者は「ただし」と話を付け加えました。「全額は援助できません。一部は狐さんにもご負担していただきたい」と。そして「やぁ、
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した。医者は狐の話を親身になって聞いてくれました。そして狐の顔や毛皮をジッと眺めてから、狐の手に自身の手をするりと絡めてきました。「手術後は、その子を手放す気でいらっしゃると?」どうして手を触られているのかわからないまま、狐は正直に「あぁ」と頷きました。黒猫は見た目もいいけれど
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。狐はそんなはずはないとわかっていましたが、何も言わずに黒猫を受け入れてやりました。黒猫の願いなら、どんな小さなことでも叶えてやりたかったのです。
黒猫の体がしっかりとしてきたということは、手術を受けるだけの体力もついてきたということ。狐はこっそりと街に出て、医者に事情を説明しま
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黒猫を拾ってから3回冬が来ました。黒猫は元気に育っています。いつの間にか、狐と同じくらいの大きさになってしまった黒猫のために、狐は新しく寝床をこさえてやりました。が、それぞれの寝床で寝たはずなのに、朝になると隣には黒猫がいました。黒猫は「あなたの側にいないと眠れない」と言いました
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それで黒猫の目がなおるように手術を受けさせてやるつもりだったのです。狐は「ずっと黒猫と一緒にいたい」という願いを箱に仕舞って鍵をかけて、縄でぐるぐる巻きにして心の泉に沈めました。代わりに、「黒猫を立派にしてやりたい。素晴らしい生活を与えてやりたい」という願いを掲げました。
続く。
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ませんでした。村人の誰も、狐にそんなことを教えてくれなかったからです。狐はきっと、自分が生きているうちに返せる額ではないのだと思っていました。昔はそれでいいと思っていました、が、今は少し違います。村で父親の罪を償って生きていくより、黒猫とどこか遠くでのんびり暮らしたいと思うように
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んだろう。そんな金があったら親父の罪滅ぼしにあてたらどうだい」と嫌味を言ってくるほどの成長っぷりです。狐の父が村人から騙し取った金は、狐が返していました。というより、返しきったはずでした…が、まだ利子が残っています。狐は後何年、後どれほど金を返さなければならないか知り
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なってしまったのです。もちろん、そんなこと誰にも言えません。
黒猫には、「大きくなったら村を出て生きていくんだ」と言うつもりでした。黒猫は上品で美しく愛らしいのです。目さえ見えれば、きっと立派な職に就いて、素晴らしい人生を歩めるはずなのです。狐は、金と毛皮を貯めていました。
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黒猫は健やかに育ちました。柔らかな毛はなめし皮のように艶やかに硬くなり、丸っこかった鼻先はつんと尖って、ゆるりと持ち上げた頬から見える牙はすらりと尖っていました。狐の足先ほどの大きさしかなかったのに、今はその半身ほどの高さまで背が伸びました。村人が「よっぽど良い物を食わせている
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ませんから、いいのです。黒猫は誇らしげに鈴を鳴らして狐に聴かせてくれました。狐が「あぁいい音だ。そこにいるのがすぐわかる」と言うと、黒猫は「いつでも側にいます」と言いました。狐は少し大きくなった黒猫をよいしょと抱き上げて、その腹に頬を当てて「うん」と頷きました。
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見惚れました。なんて美しい子だろう、なんて可愛い子だろう、狐はいつもそう言って黒猫の額を舐めました。黒猫はくすぐったそうにそれを受け入れて「きっとあなたが育ててくれているからです」と答えました。黒猫はたいそう狐に懐いていました。
狐は黒猫がどこにいってもわかるように、とその首に鈴
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をつけました。村一番の金物屋で仕入れた上等の鈴です。まるで澄んだ小鳥の声よりまだ美しくリンリンと鳴る鈴の音は、美しく愛らしい黒猫にとても似合っていました。代わりに狐の毛皮をごっそりと売ったので、狐の尻尾はさびしくなりましたが、狐はそれでも満足でした。黒猫には見窄らしい尻尾も見え
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村人は突然現れた黒猫を見て嫌そうな顔をしましたが、目の見えない黒猫にはその顔は見えません。狐は堂々と黒猫を育てました。黒猫さえ嫌な思いをしないのであれば、それでいいと思っていました。
黒猫はとても行儀のいい子でした。食べ方寝方歩き方、そのどれもが上品で、狐はその動きひとつひとつに
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どうしてだか、涙が後から後から溢れて止まらず、狐は黒猫に見えないようにこっそりと涙を流し続けました。
続く。
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「ありがとう」と言いました。狐は全身の毛が逆立つのを肌で感じました。それはおよそ10年ぶりに聞いた、混じり気のない「ありがとう」でした。その黒くて小さな命が愛らしくてかわいくて、狐は黒猫をソッと抱き上げてその腹に頬を寄せました。そして「どういたしまして」と答えました。
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求めました。が、それがそれがどこにあるのかよくわかっていないようでした。どうやら目が見えないらしいのです。狐は自らの指先にミルクを垂らし、黒猫の口元に持っていってやりました。黒猫はちうちうと狐の指先を吸いました。そして、皿いっぱいにあったミルクを全て飲み干した頃、小さな小さな声で
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ないということもわかっていました。狐は人の顔色を伺うのが得意になっていました。
そんなある日、狐は川で小さな籠を拾いました。中を覗いてみると小さな黒いものが入っていました。黒い、猫のようです。狐は家に帰ってミルクを温めてやりました。黒猫は目を閉じたまますんすんと鼻を鳴らしミルクを
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悲しくなりました。けれど、自分の父が「悪いこと」をしたというのもなんとなくわかっていたので、文句は言いませんでした。
行くところもなく、狐はその村の外れにある荒屋に住み続けました。村の人はいい顔はしませんでしたが、面と向かって出ていけともいいませんでした。狐はひとりぼっちでした。
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十年が経ちました。
狐は一度も悪いことをせず、むしろ人が困っていたら手を貸し力を貸し、村のために尽くしてきました。しかし、どんなにいいことをしても「所詮は狐の子供だから」の一言でいいことを無かったことにされました。狐の父の罪は狐の罪ではない、と思いましたが、それを狐が言うべきでは
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あるところに狐がいました。狐は嘘つきではありませんでしたが、狐の父親は嘘つきでした。嘘をついて村の皆からお金を騙し取り、それを持って逃げました。小狐一匹だけを置いて。
村の人は残された小狐を責めました。小狐は昨日まで親切だった村の人達がとても冷たく尖った言葉をぶつけてくるので
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別れてからも元恋人と仲良くしてる男の話。
別れてすぐの頃はギクシャクしてたけど共通の知人も多くて、みんなと飲みに行ったり遊びに行ったりしてたら自然と会話もできるようになって、まぁ元々相性がいいから付きあったようなもんだしそりゃ気も合うし会話も弾む。それでなんのかんの