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に、彼の耳にもそんなふうに聞こえていたらいいなと思いながら、狐は「ありがとう」ともう一度伝えました。
狐の耳には、ちりちりと可愛い鈴の音が、いつまでもいつまでも、途切れることなく響いていました。
終わり
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です。
多分、聞かなければいけないことや、謝らなければならないことがたくさんあると思いました。が、今だけは、その全てを忘れて狐は黒猫を抱きしめました。黒猫の大きな腕が、今は小さくなってしまった狐の背中に回りました。その腕の、たしかな温もりを感じながら、
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大きな体を両手で包んであげました。
「黒猫」
うっうっ、と泣く黒豹を、狐は「黒猫」と呼びました。「俺の黒猫」と言って額を舐めてやると、黒豹はますます泣きました。もう首に回らなくなったのであろう鈴の付いた首輪は、手首にしっかりと巻かれていました。そこにいたのは、間違いなく狐の黒猫
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ことを伝えました。黒猫が狐と話さないのは、きっと狐に腹を立てているからだ、と。いつでも帰ってきていいなんて調子のいいことを言って姿を消した仮の…保護者に怒っているのだろう、と。ごめんな、ごめん、と繰り返す狐の肩を大きな手が掴みました。「怒ってますよ!」という怒鳴り声とともに。
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がくがくと揺すぶられて、包帯が緩みました。久しぶりの光に目を眇めた向こう側に、黒い何かが見えました。耳には、りんりんと軽やかな音が絶え間なく響きます。「そりゃあ、怒ってますよ……、いや、嘘、怒ってない…、怒ってる。悲しい、そして、悔しい……。違う、僕は、僕は……」「貴方がこんなに
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なるまで助けることができなかった僕自身に……怒ってる、嫌いだ、苦しい……」眩しい世界の中で泣いていたのは、黒猫とはまるで違う、大きな黒豹でした。大きな大きな体を丸めて、おいおいと泣いています。どこからどう見ても黒猫ではない彼に、しかし狐は手を伸ばしました。思い切り伸ばして、その
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だけの金を用意してあるので、もし……嫌でなければそこで暮らして欲しい」と。とても低く、重たく、黒猫とは似ても似つかない声でした。
狐はしばし黙り込みました。それからゆっくりと口を開きました。「黒猫…だよな」と。相手は黙ってしまいました。沈黙は肯定と同様です。狐はたまらず「黒猫、
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ごめんな」と謝りました。「黒猫、ごめん。お前を放り出した俺を怒ってるんだろう。なのに目を手術してくれたんだな。ありがとう、…ありがとう。でも、家なんていいんだ。金なんて…そんな。目が治ったらそれでいい。俺はあの村で暮らしていけるから。だから、お前は幸せに……」狐はずっと思っていた
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狐は初めて知りました。黒猫もこんな気持ちだったのかな…と思って、心が切なく萎みました。
もうこのまま話しかけられることはないと思っていたある日のこと、「彼」が思いがけず声を発しました。「貴方の目の手術は成功しました。明日にでもその包帯は取れます」と。そして「家と、しばらく暮らせる
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ドアがバンッと力強く閉められました。鈴の持ち主は部屋の外に出て行ってしまったようです。狐はどうしようもないまま、寝床に体を埋めました。それ以外、狐に出来ることはなかったからです。
それから、狐は一日のほとんどを寝床の上で過ごすようになりました。薬を与えられているからか、日がな一日
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ません。彼が泣いている気配が伝わってくるからです。狐の、痩せ細った腕を取って、声を噛み殺して泣いているのに気付いているからです。彼がどうして泣くのか、どうして何も言ってくれないのか、狐には思い当たるようで思い当たりませんでした。目が見えないと、相手の気持ちまで見えなくなるのだと、
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うとうとと眠気が消えません。
ふと起きると、よく人の気配を感じました。部屋には何人か出入りしているようでしたが、狐に判別がつくのは一人だけでした。あの、鈴の音をさせる人です。彼はよく部屋にいるようでした。時折、寝ている狐の毛を梳いている気配がします。狐は目が覚めていても、何も言い
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噤みました。黒猫であるはずがないと気付いたからです。どうして幸せに暮らしているはずの黒猫が帰る家も教えずに放り出した狐など探し出すでしょうか。…その部屋は薬品の匂いがしましたので、狐は躊躇った後に「××…?」と医者の名前を口に出しました。すると、息を吸うような音がして、それから、
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目が覚めると、やはり視界は真っ暗でした。しかしぼやけているのではなく、強制的に真っ暗闇の中にいるようです。目に触れると包帯が巻かれているのがわかりました。どうやらどこかの寝床に寝かされているのだとわかり、狐はよろよろとそこから出ようとしました。が、力のかけどころが上手くわからず、
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狐はごろりと転げ落ちました。が、その体を誰かが受け止めました。驚いて身をひくと、りんりん、と懐かしい音がしました。いつもの幻聴かと思いましたが、あまりにも「そこ」にあるように鳴るので、狐は「黒猫?」と虚空に向かって問いかけてしまいました。返事はありません。狐は躊躇いながらも口を
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そしてきつく縛った縄を解いて、箱の蓋を開けました。
「ずっと黒猫と一緒にいたい」
狐は、初めて自分の望みを口にしました。一緒にいたい、いたい、いたいよ、と寝床の中で繰り返しました。黒猫に幸せになって欲しかった、けれど本当は、それと同じくらい、狐は黒猫と一緒にいたかったのです。黒猫が
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そしていよいよ寝床から立ち上がれなくなった頃、狐は「そうだ」と昔のことを思い出しました。昔々、黒猫がまだ狐の黒猫だった頃、自分は自分の願い事を胸の中の泉に沈めてしまった、と。もう許される頃だろう、と狐は心の泉に潜り、縄でぐるぐる巻きにされた箱をそっと拾い上げました。
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狐が送った音です。「黒猫」狐は吐息のような声を漏らしました。黒猫、黒猫、俺の黒猫。
世界は真っ黒に染まりました。黒猫の色です。狐は黒猫の色と音に包まれて、もうなにも怖くないと思いました。
続く
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幸せになった今なら、その気持ちを口にしても許される気がしました。繰り返しているうちに、声がカサカサに掠れてきました。目の前も薄暗くなっていきます。遠くの方から、りんりん、と黒猫の鈴の音が聞こえてきました。小鳥の鳴き声より澄んだその音は、黒猫の音です。彼がどこにいてもわかるように、
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なったせいかどうか、最近は現実にはない音を聞いてしまうようになりました。それはどれも、黒猫に関する音ばかりです。寝床に入って、ちりちりと可愛らしいあの鈴の音を聞いた…気がして何度飛び起きたことでしょう。今や黒豹として立派に自身の仕事を務めているだろう彼が、あの「黒猫」に戻ること
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魚を釣りあげ焼いて食べて。そしてまた寝床に入って寝る。その繰り返しです。たまに川の淵にぼんやりと座り込んでいると、小さな鳴き声が聞こえてきます。その度に「黒猫」と叫んで狐は川に飛び込みます。しかしもちろん、川に籠は流れてきませんし、黒猫もどこにもいません。狐の幻聴です。目が悪く
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なんてありえるわけがないのに。そもそも、この村に戻ってこないように村の名前すら、帰り道すら教えなかったのは自分なのに。
黒猫は今、幸せに生きている。本当の親に巡り会えて…。それがわかっただけでいいじゃないか、と狐は何度も心の中で繰り返しました。繰り返して繰り返して…、
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きたようです。視界のぼやけを医者に相談してみようかと思いましたが、やめました。自分の体のことを相談するには、医者に「嫌なこと」をされ過ぎました。彼に相談するくらいなら、なんでもないふりをしている方がマシです。医者は何も気付くことなく、いつも通り悪さをして……そして、ふつりと現れ
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。そのくらいに視力が落ちていました。村の人達はよろよろと歩く狐に、金を返せとは言わなくなりました。むしろ「いらない病気をうつされたら困る」と近寄りもしなくなりました。狐は村の中で、不思議なほど静かに暮らしていました。朝起きて、川で顔を洗って蓄えていた木の実を食べて、運が良ければ
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なくなりました。なんともあっけない関係の終わりでした。しかし、狐の方もちょうどよかった、と思いました。視界のぼやけは一向に改善せず、最近は目を開いていても閉じていてもあまり変わらないような状態だからです。辛うじて目の前のものの大きさは捉えられますが、それが何なのかまではわからない