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目の前はぼやけたままでした。びっくりしましたが、そのうち良くなるだろうと思っていました。しかし、何回寝て起きても目の前はぼやけたままです。どころか、日に日にぼやけはひどくなっていきました。
その頃になると、医者が訪ねてくる頻度もぐんと落ちていました。どうやら狐に対する興味も薄れて
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それからまた、いくらかの時が流れました。ある冬、狐は風邪を引きました。初めはこんこんと咳が出る程度でしたが、そのうちに寝床から立ち上がれないくらいの頭痛に襲われて、目の前がぼやけて、手足が痺れて、水を飲むことすらできなくなりました。しばらくして頭痛は治り、熱も下がりました。が、
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ではなかった愛しい黒猫を思い泣きました。医者はそんな狐を見下ろし弾けるように笑いながら「あの子は黒猫ではないよ。獰猛で優秀な黒豹さ」と言いました。
狐の黒猫なんてものは、この世のどこにも存在しなかったのです。
続く。
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じゃないか。てっきりもう興味がないのかと思っていたよ」なんて笑われて、腕を取られて乱暴に裏返されて……狐はぼんやりと荒屋の天井を眺めました。そう、自分の知らないところで黒猫は本当の家族を得て幸せに暮らしていたのです。しかも、黒猫はもう学園を卒業したのだといいます。学園に何年通う
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かも知らなかった狐は、自分の物知らずぶりに思わず笑って、そして泣きました。泣く狐を見て、医者は興奮した様子でした。いつもより手酷く扱われながら、狐は「黒猫」「俺の黒猫」と小さくこぼしてはしくしくと泣きました。もう自分の黒猫ではない……いや、元々その黒い毛の一片たりとも自分のもの
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貰ったよ」と言われても、狐は呆然とするばかりです。黒猫が妙に上品だった理由を今更ながらに目の前に差し出されて、狐は息もできずに目を見開いていました。「君はあの子に自分の存在を知られたくないって言っていたから、君のことは黙っておいたよ」「そもそも、君は全然彼のことを聞いてこなかった
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話だ」「君、川であの子を拾ったんでしょ?」なんて、笑いながら話す医者は、まるで他人事のようです。いや、他人だからしょうがないのですが、狐にとっては黒猫は他人ではありません。「とても優秀で学園でも目立っていたからね。ずっと息子を探していた○○と感動の再会さ。あぁ、私もいくらか謝礼を
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この国の○○の息子だったらしいじゃないか」と。狐は「え?」と切れ長の目を見開きました。○○といえば、国の重要な役職です。一般人はおいそれと出会えないような、そんな。「後継者争いから殺されかけて乳母と共に逃げ出して、いよいよ追い詰められて川に流された…ってさ。まるで御伽噺みたいな
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ました。狐は黒猫のことを聞きたくてたまりませんでしたが、医者の機嫌を損ねると「悪さ」がひどくなるので黙っていました。が、いくら経っても黒猫の話をしてくれないので、狐はついに耐えきれず黒猫の話をねだりました。すると医者は思い掛けないことを言いました。「あぁあの子ね。あの子は凄いね。
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何度も心の中で繰り返しました。辛いことがあった時、どうしても立ち上がれない時、そのことを思い出して、心の中で優しく撫で回して、そして元気を貰いました。黒猫のことを思えば、どんな不幸も幸せに変わりました。黒猫は、狐の希望でした。
しかし、ある時から医者はあまり黒猫の話をしなくなり
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屋敷や素敵な家族を持つ立派な医者でしたが、この家に来る時は悪い男でした。文字通り「好き勝手」にされて、狐は自身の尊厳というものをくしゃくしゃにされてしまいました。医者が来た次の日は寝床から立ち上がることもできません。村人に「月に何日も寝込んで、役立たずだねぇ」と言われるので、無理
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として立ってくれて、諸々の手続きも済ませてくれました。狐の寝床で「悪さ」をする時、時折思い出したように「あの子は本当に優秀だったみたいだね」「学年で一番だそうだよ」「表彰されたってさ」と教えてくれました。どうやら後継人として学園から連絡がいくようです。狐は医者に聞いた話を何度も
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をして一日で起き上がるようにしていましたが、本当は二日でも三日でも寝込んでいたい気分でした。そんな最悪の日々でしたが、狐はそれでも幸せでした。黒猫が元気に学園に通っていると知っているからです。
医者はきちんと約束を果たしてくれました。黒猫は全寮制の学校に通っています。医者が後継人
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季節がいくつも過ぎました。狐は黒猫が来る前と同じような生活をしていました。変わったことといえば、荒屋を訪ねてくる人物が一人増えたことくらいです。それは、あの医者でした。彼は狐からきっちりと借金を取り立てていました。「悪いことをするにはこの村はちょうどいい」と言いながら。彼は豪華な
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と心からの感謝を、誰にともなく述べました。
続く。
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いました。しかし、それが黒猫にとって一番の幸せなのだと思っていました。こんな村で、嫌われ者の狐と暮らしていくより、街に出て学問を学び良き友を得て楽しく賑やかに暮らしていく方がいいのだ、と。狐は黒猫の素晴らしい未来を思い描き、精一杯の笑顔を浮かべました。そして今生の別れのつもりで
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黒猫を抱き締めました。黒猫も、同じだけの力で狐を抱き返してくれました。狐は泣きました。黒猫に悟られないよう、静かに、ほろほろと。
父の罪を償うためだけにあると思っていた自分の人生に、もうひとつ、それとは比べようもない立派な意義が与えられたのです。狐は生まれて初めて「ありがとう」
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狐の優しくとも残酷な嘘を信じました。
黒猫が、この小さな村の小さな家に戻ってくる事は不可能でしょう。なにしろ黒猫はこの村の名前も知りません。例え目が見えるようになっても、村までの道のりを知らないので、帰りようがありません。狐は自分がどれだけ残酷なことをしようとしているかわかって
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あげるように何度も何度も頷きました。それでも黒猫が不安そうにしていたので、狐は言いました。「君が鈴を鳴らせばどこにいてもわかるから」と。「どこにいてもきっと見つけてあげるから」と。黒猫は狐を見上げて、はい、と頷きました。黒猫はとても賢くて、とても聞き分けのいい子です。黒猫は、
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する事はない。それから、手術後すぐにお前が学校に行けるように手続きをしておいたんだ。うん、そう、ちゃんとお金を稼げるようにね。しっかり勉強するんだ。…え?もちろんいつでも帰って来ればいい。ここはお前の家なんだから……」
黒猫は何度も何度も狐に確認しました。狐はその不安を消して
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魅力的に見えるのでしょう。それはそうです、だって、狐の可愛い黒猫なのですから。黒猫がその視線に気付かなくてよかった、目が見えなくてよかった、と心の隅でぼんやりと考えてしまってから、狐は「いけない」と思いました。心の泉に沈めたはずの願いが、その箱の隙間から漏れ出していたのです。
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狐はそんな卑しい自分がほとほと嫌になりました。黒猫の幸せを願うのであれば、そろそろ黒猫を手放してあげなければならないのです。
ある日狐は、黒猫に言いました。「今からお前の目が見えるように手術をする。お金?大丈夫、これまでにちゃんと蓄えておいたんだ。毛皮もたんまりある。なにも心配
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どんなに外の世界の素晴らしさを語っても、黒猫はいつもこんな調子で、狐の首筋に鼻を押し付けちりちりと鈴を鳴らすばかりです。狐は耳を伏せて「困ったな」と内心考えてから「俺も金があると嬉しい」と言いました。すると黒猫が真っ黒な目を丸くして「狐さんはお金があった方がいいですか?」と問うて
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黒猫には金で不自由な思いをして欲しくありませんでした。今は無邪気に自分との生活を一番だと思ってくれる黒猫も、いずれはその不便さや不自由さ、息苦しさに気付くはずです。
最近、村の若い者がそわそわとした顔で黒猫を見ているのを狐は知っていました。狐の目だけにではなく、誰の目にも黒猫は
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きました。狐は父狐や、村人、そして医者のことを頭に思い浮かべました。そして「そうだな」とこくりと頷きました。金があれば、金があったから、金がなかったから、狐は悲しい思いをしたり何かを諦めてきた気がします。実際のところ、金があれば幸せかどうかなんてわかりません。ただ、それでも、