片柳弘史(@hiroshisj)さんの人気ツイート(古い順)

2401
宇部の空に浮かんだ7月の満月。北米では、鹿の角が生え変わる時期であることにちなんで「バックムーン」と呼ぶそうです(^^)
2402
どうせ目立たない仕事だからといって手を抜けば、あとには何も残らず、ただ虚しさがつのるばかり。たとえ目立たない仕事でも、真心を込めてするなら、その一つ一つが輝く宝石のような思い出となり、私たちの心を豊かに満たしてゆくでしょう。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
2403
幼稚園の軒先のツバメの巣。孵化したばかりの雛たちが、大きな口を開けて「お腹すいたー」の大合唱をしています。親ツバメたちは、食べ物探しに大忙しです(•ө•)
2404
食事のとき、感謝をこめて「いただきます」「ごちそうさま」をいう人と、食べられて当然という態度をとる人。小さなことにも感謝できる人と、できない人。幸せになれそうなのはどちらでしょう。幸せは、日々の小さなことから始まるのです。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
2405
「これさえ手に入れれば幸せになれる」というものはありません。もしそれを手に入れても、手に入れたものに感謝する心がなければ、決して幸せになれないのです。幸せになるために必要なのは、むしろ、感謝する心だといってよいでしょう。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
2406
「成功してチヤホヤされたい」という願いには、一つの大きな欠点があります。成功したという理由でチヤホヤする人は、失敗すればすぐに去っていくのです。本当に必要なのは、たとえ失敗しても、私たちを見捨てない人がいることでしょう。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
2407
「自分に誇りを持つとは、自分の優秀さをひけらかし、人を見下すということではありません。多くの欠点を持ちながら、それでも精一杯に生きている自分に誇りを持つということ。同じように頑張っている人に、心からエールを送るということです。」 『こころの深呼吸~気づきと癒しの言葉366』(教文館刊)
2408
百年前にはまだ生まれておらず、百年後にはもう生きていない私たち。いまこうして生きているということ自体が、一つの奇跡だと言ってよいでしょう。何か特別によいことが起こる必要はありません。いま生きていること自体が奇跡なのです。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
2409
人生は、自分だけが最初から最後まで読み通すことのできる一つの物語。途中の数ページを読んだだけの人に、その価値を判断できるはずがありません。最後のページを閉じるとき、自分が本当におもしろかったと思えたなら、それで十分なのです。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
2410
見ごろを迎えた蓮の花。神秘的な美しさです(^^)
2411
教会の軒先に咲いた、渋い海老茶色の朝顔。歌舞伎の市川団十郎にちなんで、「団十郎」と名付けられた品種です(^^)
2412
幼稚園の軒先の子ツバメたち。毛が生えそろって、だいぶツバメらしくなってきました(•ө•)
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「大きなストレスがのしかかっているときは、ただ普通に暮らしているだけでも疲れます。そんなときには、周りの人を思いやりながら、普通に暮らしているだけで十分に立派なこと。何か特別なことをしようと、あせる必要はありません。」 『やさしさの贈り物~日々に寄り添う言葉366』(教文館刊)
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危険が迫っているのに、「自分はだいじょうぶ」と思って、いつも通りの行動を続ける。それ以上に危険なことはありません。絶対に起こらないと思っていたことが、ある日、突然に起こるのが私たちの人生。いつも備えていられますように。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
2415
歌舞伎の市川團十郎にちなんで名づけられたという、朝顔の「団十郎」。今朝も、海老茶色の渋い花を咲かせています(^^)
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教会の庭で、純白の百合「カサブランカ」が花を咲かせました。「カサブランカ」はスペイン語で「白い家」という意味だそうです(^^)