片柳弘史(@hiroshisj)さんの人気ツイート(古い順)

2301
キリシタンとして知られる細川ガラシャ夫人に捧げられた、上品なピンク色の蔓薔薇「ガラシャ」。夫人の辞世の句とされる「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」が思い出されます。
2302
教会の花壇のアジサイたち。日ごとに色が濃くなっていきます(^^)
2303
誰かの悪口をいえば、聞いた相手は、「この人は、きっと私の悪口もいうだろう」と思うでしょう。誰かの失敗を弁護すれば、「この人は、きっと私が失敗したときも守ってくれるだろう」と思うでしょう。信用は、そのようにして生まれるのです。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
2304
教会の庭のアジサイたち。株によっては、もう見ごろを迎えています(^^)
2305
教会の花壇に咲いた、大輪の赤い薔薇。ドイツの文豪にちなんで「ゲーテ・ローズ」と名付けられた品種です(^^)
2306
「なぜあの時、あんな道を選んでしまったのだろう」と、後から自分を責めても仕方がありません。そのとき、そのときで、自分にできる最善の判断をしてきたのなら、いまいるこの場所こそ、自分が本当にいるべき場所なのです。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
2307
足が短いと悪口を言われても、人間の価値はそんなことで決まらないと思えば腹は立ちません。足が長いと褒められても、人間の価値はそんなことで決まらないと思えば思い上がりません。大切なのは、相手の価値観に巻き込まれないことです。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
2308
教会の庭のアジサイたち。赤と青が混じって、繊細な色の世界を作り出しています(^^)
2309
松山港から見た薄明光線。天国との間にかけられた「天使のはしご」です(^^)
2310
楽しいことが一つできなくなったら、他の楽しいことを探しましょう。御馳走を味わえないなら、外のきれいな空気を味わう。遠出できないなら、近所での出会いや発見を楽しむ。楽しいことは幾らでもあります。がっかりしている暇はありません。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
2311
美しく色づいた、教会の庭のアジサイたち。いよいよ、アジサイのシーズンの到来です(^^)
2312
住む所があるのは当たり前。食べ物があるのは当たり前。友だちがいるのも当たり前。そうやって当たり前と思えるのは、その人がとても恵まれているということ。「当たり前」の一つひとつに感謝すれば、幸せをかみしめることができるでしょう。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
2313
挑戦すれば、失敗するかもしれません。しかし、その失敗は次につながる成長の糧。恐れる必要はありません。挑戦しないであきらめれば、そこからは失敗さえも生まれません。何も生まないあきらめより、何かを生み出す挑戦を選びましょう。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
2314
教会の庭のスズメの親子。黄色いくちばしを大きく開き、羽を小刻みにふるわせて、子スズメが食べ物をねだっています(。・ө・。)
2315
教会の庭で、ガクアジサイの「墨田の花火」が開花を始めました。うっすらと入ったブルーが涼しげです(^^)
2316
教会の花壇に咲いた、サーモンピンクの薔薇の花。宮沢賢治に捧げられた「イーハトーブの風」という品種です。風に乗って、チェロの音が聞こえてきそうですね(^^)
2317
教会の花壇に咲いた、三大天使の薔薇の一つ「ガブリエル」。中心部分に、うっすらと入ったブルーが魅力的です(^^)
2318
教会の庭に咲いた、お星さまのようなかわいらしい形の紫陽花。「コンペイトウ」という品種です(^^)
2319
身に着けた能力や手に入れた肩書などは、やがてすべて失われます。最後に残るのは、私たちがただ、生きているということだけ。寝て、起きて、食べて、ただそのことだけで満足できる人になる。それが、人生の最後の目標といってよいでしょう。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
2320
教会の庭に咲いた、かわいらしい星型の紫陽花「コンペイトウ」。ブルーのグラデーションもきれいです(^^)
2321
教会の庭に咲いた色とりどりの紫陽花たち。連日の雨のお陰で、色づきが進んでいます(^^)
2322
疲れがたまっているときは、つい極端な考え方をしてしまいがち。「もう駄目だ」とか「絶対ゆるせない」と思っても、それは心にゆとりがなくなっているから。すぐ口に出さず、深呼吸でもして、まず心にゆとりを取り戻すのがよいでしょう。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
2323
さわやかな香りを漂わせる、教会の花壇のラベンダー。いまが満開、まさに見頃です(^^)
2324
見ごろを迎えた宇部市、ときわ公園のスイレン。夜になると眠るように花を閉じることから「睡蓮」と名付けられたそうです(^^)
2325
いて当たり前と思っている人が、急にいなくなったり、あって当たり前と思っているものが、急になくなったりすることがあります。恐れる必要はありませんが、いまその人がいてくれること、それがあることに感謝する必要はあるでしょう。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父