片柳弘史(@hiroshisj)さんの人気ツイート(新しい順)

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まだ、くちばしの端が黄色い若スズメ。凛々しい姿で食べ物を探しています(。・ө・。)
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教会の庭に咲いたショウキズイセン。彼岸花の仲間ですが、一回り大きく、色も鮮やかな黄色です(^^)
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教会の花壇のブルーサルビア。まだまだ元気に咲いています(^^)
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教会の花壇で、三大天使の薔薇の一つ「ミカエル」が花を咲かせました。情熱的な赤です(^^)
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幸運と思ったことが、思いがけない不運を呼び、不運と思ったことが、思いがけない幸運を呼ぶ。人生は、そんなことの繰り返し。幸運と思っても傲慢にならず、不運と思ってもあきらめず、幸運も不運も同じように楽しむことができますように。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
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「わずか2%の嫌なことのために、残り98%の恵みを台無しにする必要はありません。嫌なことを思い返して憎しみを募らせるより、楽しかったことを思い出して感謝しましょう。憎しみではなく、喜びの中で1日を終わりましょう。」 『こころの深呼吸~気づきと癒しの言葉366』(教文館刊)
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教会の花壇のキバナコスモスたち。夏から秋にかけて、元気いっぱいに花を咲かせます(^^)
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台風の影響で、強い風が吹いている宇部の街。教会の庭のショウキズイセンも、風に吹かれて揺れています。
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世界を自分のものにしたいと思っている人は、たとえ全世界を手に入れても満足することはないでしょう。自分自身の中に世界があると気づいた人は、たとえわずかなものしか持っていなかったとしても、いつも満ち足りた心で生きられるでしょう。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
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真っ赤に色づいたオキナワスズメウリの実。まるで、お祭りで売られているおもちゃのようです(^^)
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台風の影響か、朝から風が強い宇部の街。教会の庭の彼岸花も、風の中でゆらゆら揺れています。
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【マザー・テレサ記念日】1997年9月5日にマザー・テレサがコルカタで帰天してから、今日で25年。貧困や病気で苦しむ人たちのために生涯を捧げた聖女のとりなしによって、すべての人が、自分らしく幸せに生きられる世界が実現しますように。ゆるしと和解の心が広がり、世界に平和が訪れますように。
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相手が自分の思った通りに動いてくれないと腹が立つのは、相手が自分の思った通りに動いて当たり前と思っているから。思った通りに動かないのが当たり前だと気づけば、いつも思った通りに動いてくれることに感謝できるようになるでしょう。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
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よく熟れたアケビの実。ほんのりあまい秋の恵みです(^^)
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教会の花壇に咲いたキバナコスモス。風に揺れる花の上で、アゲハチョウがお食事中です(^^)
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教会の庭に咲いた白い彼岸花。彼岸花というと赤のイメージですが、このあたりでは白い彼岸花もよく見かけます(^^)
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自分の人生の中では自分が主役ですが、相手の人生の中では相手が主役。相手の人生の中でまで自分が主役になろうとすれば、ドラマは台無しになってしまいます。お互いが、お互いの人生の中で、相手を輝かせる名脇役になることができますように。今晩も皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
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雨が降りしきる小倉城。庭園もしっとり潤い、雨の日ならではの美しさです(^^)
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教会の花壇のキバナコスモス。秋風の中で、元気いっぱいに咲いています(^^)
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欲望は急いで結果を求めますが、愛はいつまでも待ちます。欲望は一時しか満たされませんが、愛は私たちの心をいつまでも満たします。欲望は私たちの心にいらだちや不満をもたらし、愛は私たちの心にやすらぎと感謝をもたらすのです。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
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教会の庭に咲いた、ちょっと珍しいヒガンバナ科の花。花びらが鍾馗様の髭のように見えることから、「ショウキズイセン」と名付けられた品種です(^^)
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サルビアの蜜を吸いに来たアゲハチョウ。まだ羽化したばかりのようです(^^)
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教会の花壇に咲いたやさしい黄色のバラ。フランスの聖女にちなんで、「ジャンヌダルク」と名付けられた品種です(^^)
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よいアイディアは、心の奥深くから浮かび上がってくるもの。心が疲れ果てて固くなっているときに、よいアイディアは浮かんできません。無理に考え続けるより、しばらく休んで疲れをとり、心がまた動き出すのを待つのがよいでしょう。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
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「深く傷ついてうずくまっている人に、『そんな傷のことは早く忘れて、立ちあがりなさい』と言っても無理なこと。わたしたちにできるのは、傷が癒えて立ち上がれるまで、その人に寄り添うことだけです。」 『こころの深呼吸~気づきと癒しの言葉366』(教文館刊)