片柳弘史(@hiroshisj)さんの人気ツイート(いいね順)

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思いがけないことで人から褒められたときには、「自分がまだ気づいていないよいところを、相手が教えてくれた」と思って、素直に喜ぶのがよいでしょう。「そんなことはありません」と即座に否定するなら、それはかえって傲慢というものです。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
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開花を始めた、教会の花壇のコスモスたち。八重咲の品種「ダブルクリック」から咲き始めています(^^)
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今日も、幼稚園の卒園式。コロナ禍や緊迫する世界情勢など、困難な時代での旅立ちですが、幼稚園で身につけたやさしさと明るさ、心をつなげる力で乗り越えてゆけますように(^^)
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新春の鎌倉、お寺の境内で、小鳥たちがヤマウルシの実をついばんでいました。シジュウカラ、メジロ、コゲラ、それにヤマガラもいます(•ө•)
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見ごろを迎えた縮景園の梅林。メジロたちが、花から花へと飛び回っていました(◉Θ◉)
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大通りに面して植えられたミモザの木。道を行く人たちが、ときどき立ち止まって眺めています(^^)
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無力なことを、悲しむ必要はありません。無力だからこそ、同じように無力な人の気持ちに寄り添うことができるし、無力だからこそ、何も人に押しつけることなく生きられるのです。無力さこそ、愛し、愛されるための力だといってよいでしょう。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
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百年前にはまだ生まれておらず、百年後にはもう生きていない私たち。いまこうして生きているということ自体が、一つの奇跡だと言ってよいでしょう。何か特別によいことが起こる必要はありません。いま生きていること自体が奇跡なのです。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
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誰かと会えなくて苦しいときは、その人を思い、その人のために祈りましょう。その人を思い、その人のために祈るとき、私たちとその人との間に結ばれる確かな心の絆。それこそ、私たちに残された最後の希望であり、生きるための力なのです。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
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相手が自分を本当に愛しているのか、それは、どんなに考えても確かめられません。確かめられないことについては相手を信じましょう。残った時間で、愛するその人を幸せにするために、自分に何ができるかを考えたらよいでしょう。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
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疲れがたまって仕事が思った通りはかどらないとき、いらだって腹を立てれば、状況はさらに悪くなります。そんなときには、自分の限界を謙虚に受け止め、残された力で何ができるかを考えましょう。あきらめさえしなければ、道は必ず開けます。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
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心の中から湧き上がるよくない思いを、「これは本当の私ではない」と決めつけて無視すると、それはどこまでもしつこく追いかけてきます。大切なのは、そのような思いも自分の一部なのだと認めて、抱きしめ、和解することなのです。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
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街中のフラワースポットとして人気のカトリック宇部教会。現在、バラ花壇が見ごろを迎えています。ジャンヌダルクやセント・コルベ、三大天使の薔薇など、教会にちなんだ品種もたくさん。駐車場の奥にはバラの花手水も。お近くの方は、ぜひお立ち寄りください(^^) ※JR琴芝駅徒歩3分、県総合庁舎隣。
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県道沿いで、レンゲが満開を迎えていました。昔はよく見た風景ですが、最近、あまり見かけないような(^^;)
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「神を探しなさい、そうすれば神が見つけてくださるでしょう。」ベネディクト16世
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教会の花壇に咲いた、星型の紫陽花「コンペイトウ」。花びらに白い縁取りがあり、一輪一輪が見事な美しさです(^^)
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教会の花壇に咲いた桔梗の花。五角形のつぼみが少しずつ紫色に色づき、やがて弾けるように花を咲かせます(^^)
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教会の花壇に咲いた、華やかなアプリコット色の薔薇「マリリン・モンロー」。その名に恥じない美しさです(^^)
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道路の植え込みに咲いたキバナコスモス。「黄花」といっても、濃いオレンジ、薄いオレンジ、オレンジ交じりの黄色、黄色など、いろいろ濃淡があります(^^)
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愛するものに一生を捧げることは、それだけで十分に価値があります。たとえ人から認められなくても走り続ける人生、描き続け、歌い続け、演じ続ける人生には、確かな価値があるのです。そこまで愛せるものを、見つけられた人こそ幸いです。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
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教会の花壇に咲いたやさしいピンク色の薔薇。モナコ公妃となったグレース・ケリーに捧げられた、「プリンセス・ド・モナコ」という品種です(^^)
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誰かの悪口をいえば、聞いた相手は、「この人は、きっと私の悪口もいうだろう」と思うでしょう。誰かの失敗を弁護すれば、「この人は、きっと私が失敗したときも守ってくれるだろう」と思うでしょう。信用は、そのようにして生まれるのです。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
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見ごろを迎えた、カトリック宇部教会のチューリップ花壇。開花が進み、日ごとに彩りが増してゆきます(^^)
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相手が自分の思った通り動いてくれなかったとき、腹を立てて相手を叱責するだけでは、状況はよくなりません。なぜ思いが伝わらなかったのか、そもそも自分の伝えたかった思いは何なのか、冷静に振り返り、それから話し合うのがよいでしょう。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
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教会の花壇に咲いた、大輪の薔薇「ピエール・ド・ロンサール」。見事な美しさです(^^)