雨 滴 堂(@Utekido)さんの人気ツイート(古い順)

76
わたしは耳と自分の語彙力を疑った。クラスを見渡すと、みんな下を向いてクスクス笑っていた。先生は続けた。「日本人は真剣勝負の時に変なパンツ一丁になるじゃないか。相撲レスラー知ってるだろ?お前も日本人ならああやって真剣さを演出していいんだ、誰も止めやしないから」
77
”どのくらいの屈辱を我慢したら、誰かに、立派な日本人だって褒めてもらえるんだろう。何度この悔しい時間を繰り返したら、こんな馬鹿な人たちからジャップと侮辱されなくなるんだろう。わたしがあと何を耐えれば、教室という名のこの世界は、平和で理解に満ちたものになるんだろう”
78
そう考えたわたしは年相応に幼かった。どんなに正しく暮らしても、人生に闖入する敵がゼロになることはなく、差別は消えず、啀み合いはなくならず、"この数学の教師"がいなくなることはない。それに差別に抗っても、別に光栄な式典に招かれるようなことにはならない。差別は社会に織り込み済みだから。
79
淡々と目の前の災厄をやり過ごしては生き延び、手の届く範囲の人々と手を取り合って愛して暮らす。子どもにできるのはせいぜいそれくらいなものなのに、わたしは服を脱げと言われて、己の力不足を恥じた。わたしは彼の暴言を止めることもできず、そして彼は後に続く日本人を痛めつけ続けるに違いない。
80
脱いだら脱いだで「英語を聞き間違えたんだろう」と言われるのは目に見えていた。脱がなければ脱がないで「反抗的な態度だ」とさらに場を巻き込むだろうことは容易に想像がついた。わたしは本当に窮してしまって、ボールペンを掴んで自分の手の甲に突き立てた。
81
(ほかにいくらでもやりようがあったろうに、その瞬間のわたしは本当にそのようにしかできなかった。そして余談だが、自傷したのは後にも先にもその一度だけで、それゆえ「人が自傷や自爆する時はキャパを超えた困り方をしている」という想像を働かせられるようになったのが思わぬ副産物だった)
82
もともと非力なのでボールペンにもそんなに威力はなく、血とかそういうものも大して出なかったが、先生は「これだから日本人は!俺は悪くない!」と叫んだ。その瞬間わたしの近くにいた親日派の男子が立ち上がって「先生が悪い!先生が悪い!」とコールをし始め、その日初めて先生が悪いことになった。
83
数学の先生は辞めなかったし代わらなかったし、謝りもしなかった。次の授業から生徒いじりは控えめになったが、相変わらず廊下でわたしとすれ違うと「大豆くさいぞ」などとつぶやいていた。結局わたしにはなにも変えられないし、ボールペン一本じゃ世界は変えられないと思って迎えた学校最後の日。
84
数学の先生が評価表コメントより長い手紙を渡して来た。 自分の親戚が真珠湾で日本人に殺されたこと、日本人は野蛮なこと、神風特攻隊なんてものを思いつく日本人は世界のためには生きてちゃいけないと思うこと、それでも生徒として預かったからには教育して鍛え直して正しい方に導いてやりたいこと、
85
あの手紙は独善的で断定的で気色悪くてすぐに生ゴミを砕く装置に突っ込んでしまったが、彼のように未熟な《正しい思想》を掲げる人による攻撃は今日もどこかで炸裂していて、その事実はわたしを奮い立たせると同時に、半径50cmのスペースにわたしを敢えて踏み止ませる。
86
生命が遺伝子の乗り物に過ぎないように、人間は思想の体現者に過ぎないとも言える。正しき迫害の体現者となるのか、差別に抗う戦士となるのか、わたしたちは誰でも選ぶことができ、選択は委ねられている。傍観者を選ぶことだってできる。差別に気づくことを拒み、なにも変えたくないならば。
87
使命感はあるのにうまくいかないこと、どうかわかってほしいこと、俺は君を嫌いなわけでも恨んでいるわけでもないんだ、ただ日本人というものが邪悪な存在だということに君も気づいてくれたら、きっと世の中はもっと良くなる、人生を正しく送ってほしい、先生たちは正しい人の味方だからね――。
88
わたしたちはいつだって自由で、世界をまるごといっぺんに変えることはできなくても、自分の在りようを決める力は持っている。だからわたしは思い続けるだろう、"孤独に歩め。悪をなさず、求めるところは少なく。林の中の象のように”。そして静かに抗うだろう、ヘイトと差別と侵害に。
89
☆ご覧いただきありがとうございます。noteに転記しました。 差別的世界の歩き方|雨滴堂=Utekido= @Utekido #note note.com/utekido2019/n/…
90
数年前に同窓生の南米人(ガタイいい)が東京に遊びに来て、互いに子連れだったので一緒にベビーカーで渋谷に出たのだが、井の頭線渋谷発吉祥寺行き最後尾に乗ろうとするから「そこは混む。ベビーカーではいくら並んでも乗れない。先頭車両に行こう」と言ったが「そんなことないでしょ」と笑い飛ばされ
91
仕方ないので電車が来るまでホームに整列していたところ、誰にも順番追い越されないわ乗る時にぶつかられないわ乗ってから座席に座れるわ蹴られないわと快適で、外出時に毎度蹴られないようぶつかられないよう気を張っていたのなんだったんだと思うくらい遠慮が要らなくて、わたしは吐き気に襲われた。
92
ショックだったのを覚えている。女でママで子連れで弱そうで容易に反撃もできないくらい荷物が多いから、邪険にされていたんだ、ずっと。 子連れで出かける時はいつも旦那さんが一緒、というママ友にそう話しても「そんな嫌な目には遭わない」と首を傾げられたのは、こういうことだったんだ、きっと。
93
子どもを連れた状態で男の人と出掛けたのは後にも先にもその一回で、わたしには検証のしようがない。ただ、その日は、都内の混雑電車に乗っているというのに、ぶつかられることがなかった。蹴られもしなかった。耳元に息を吹きかけられもしなかった。人間で在れた。「普通のことでしょ」と彼は笑った。
94
わたしにも彼のような逞しく大きな身体か、肩から手首までを覆うように刻み込まれた鮮やかなタトゥーか、あるいは単に男性という属性のいずれかでもあれば、子どもをより守りやすかっただろうし暮らしやすかったんだろうなと思ったら、そんなことを考えなければいけない事実に泣けてきて、
95
どれだけ頑張ってもわたしひとりでは彼の《普通》を手に入れることができないのに、ほんとうに、見えている景色が男女では違うんだなあとの考えを強めるに至った。別に周囲の人に席を譲ってとか降りろとか言っているのではない、わたしは侵害されず静かに目的地まで揺られていたい、それだけなのに。
96
他の多くの国では肌の色や人種や使う言語で差別が繰り広げられる中、《暮らす人みんな》の人種と言語がほぼ均一の日本では、女が、赤子が、こんなに舌打ちされて蹴られてモノみたいに扱われているという、そのことすらまだ大して理解が進んでいない。
97
『ぶつかり男』は実在する人間なのに、ある種の特権階級の人たちにとってはずっと眉唾な都市伝説のままで、それを話題にする方が笑い物にされてしまう。 悔しいね、悲しいね。嫌な思いをせず電車やバスに乗りたいだけなのに、そんな自由も保障されないアンバランスなこの社会。
98
アドラーか誰かの本で「未来は教育でしか変えられない」みたいなせりふがあったっけ。わたしはせめて子どもには、社会が野蛮を許しても、人たるあなたは野蛮な振る舞いを許容してはいけないんだよと説いていくくらいしかできなくて、後に続く人たちが生きやすくなった社会の夢を見る。
99
高校のときに隣の席の子が、休み時間に机に突っ伏し、苦悶の表情でこちらを見やり「ナプキン…ある…?」と絞り出した。わたしは血だらけが常な生理貧困型だったので、当然持っていなかった。保健室でもらってくるねと走った。保健の先生に「すみません、ナプキン頂けますか」ときくと、先生は黙って
100
1枚差し出してきた。ありがとうございます、と部屋を出ようとしたら、「もう高校生なんだから、そのくらい自分で管理なさいね。持ってないのは恥ずかしいよ」と偉そうに冷たく言い放った。わたしは言葉もなくドアをぴしゃりと閉めた。嫌な奴だな。同級生が自分で来なくて本当によかったと思った。