嫌われることを恐れることは、自分らしく生きる自由を自ら放棄しているようなもの。自分らしく生きることは、周りの迷惑を省みないで自分勝手に生きることではなく、自己責任で自由に生きるということです。自分らしく生きるからこそ、本当の意味で幸せな人生が送れるようになるのです。
マウントを取ろうとする傲慢さは愚かですが、謙虚さを演じることで、自分を良く見せようとすることも愚かです。
自分の機嫌は自分で取るものです。自分のご機嫌取りを他人にさせようとしたら、あなたは永遠に他人の手駒にされて支配されてしまいます。
失敗をしたのか過去の自分であって、今の自分ではない。一度、努力して失敗した経験がある人は、再び挑戦したら成功する可能性の方が高いのです。
本当は悪いと思っているのに、自分の間違いを認めないで正当化する人は人間的におかしい人です。悪いと思うのなら、すぐに謝ろう。そして、謝るだけではなく改善する努力をしよう。
自己評価の基準は「他人の目」ではなく、「過去の自分」です。昨日よりも一歩でも前に進めていれば、あなたは成長できているのです。他人から高く評価される自分ではなく、自分が大好きな自分でありましょう。
誰かを責めたくなったら、そういう自分はそこまで完璧な人間なのか考えてみよう。他人の欠点に敏感な人は、自分に自信がないから他人の欠点に気がつきやすいのです。なぜなら、他人の欠点を見つけて無自覚に自分に自信を持とうとしているからです。
「まわりと違う」とか、「みんなと上手くやれない」のは、普通の人とは違う個性があるだけだからです。変わっているということは、普通の人にはできないことができるという、最大の強みがあるということでもある。
心を病んでいるのなら、とにかく人並みの生活を無理にしようとしないことです。自分のペースで、心地良く過ごせるように意識してください。あなたには幸せになる権利と能力があるのですから、これ以上は自分を責めなくていい。
「無理」とか「難しい」と言ってしまえば、できることもできなくなります。前向きになりたいのなら、まずはネガティヴな言葉を使わないようにすることです。あなたの心は、普段あなたが使う言葉によってできています。否定的な言葉は使わないようにすることから始めましょう。
出会いがあれば別れもある。別れることは決して悪いことではない。お互いが前に進む為のものだから。お別れは卒業式みたいなもので、人生を幸せにする為に進む道のりの一つ。
安心てください。あなたが心配するほどのことは絶対に起こらない。万が一、起きたとしてもこれまで通り何とかなる。心配し過ぎて今ある楽しみを犠牲にしたら本末転倒。今を楽しもう。
批判的に物事を捉えて、皮肉な反論ばかり口にする習慣は、あなたの人生を不幸で貧しいものに変えていく。
頻繁に「認知の歪み」を治す方法について質問されるのですが人間の認知に"正解"はなくて、認知は歪んでいることが当たり前なんですよね…。正しい認知をしたいというのは多数派の認知を持ちたいという無理難題で余計に病むことになりますし、「認知の歪みを治したい」という認知自体が歪みとも言える。
誰にでも不誠実であった過去や、人には言えないような失敗をしたことはあるものです。大切なことは、その過去があるからもうダメだと考えるのではなく、失敗を失敗のまま終わらせないようにすることです。失敗を失敗のまま終わらせてしまうと、本当に誰も幸せにはなれない。
過去の後悔と未来の不安を捨てて、今を生きましょう。今を生きるべきであるか以前に、今しか生きられない現実を受け入れるのです。すると、自然と今を生きることができるようになります。
誰かに救いを求めていようでは、いつまでも救われることはない。自分を救えるのは自分のみ。人は自分の為に生きているのであり、他人を幸せにする為に生きているのではない。幸せは自分で勝手になるものであって、他人にしてもらうものではない。幸せにしてもらおうとしていれば、利用されるだけです。
心配しなくていい。あなたが心配に思うほどでは絶対にない。というより、心配してもしなくても、何も変わらないから大丈夫だと思い込むことです。心配して悪いことはあっても、いいことは一つもない。
決断は「何かを選び、他の何かを捨てる」こと。正しい選択をしたとしてと、決断には必ず大きな痛みが伴うものです。
「許す」ことは相手の為ではなく、自分の為にすることです。怒りや悲しみを抱えていたら、自分が幸せになれませんからね。自分のことを憎しみから解放してあげてください。
怒らない人は優しい人というより、ドライな人です。面倒なことに巻き込まれたくないだけなので、嫌になっても関係を改善しようとしないで何も言わずに離れていきます。
人は自分の為に生きているのであり、他人の為に生きている訳ではない。つまり、あなたも自分のことを最優先に考えて生きてもいいのです。誰もあなたの人生の責任を取ることはできないのだから。
嫌われることを恐れずに、ありのままの自分でいましょう。他人が自分を嫌うのかは、他人が決める他人の課題。自分の課題ではないのですから、嫌われようと好かれようと一喜一憂しなくていい。誰に好かれようと嫌われようと、あなたの人生には本来関係のないことです。
急ぐことと焦ることは別物。
「ありがたい」という言葉のもとの意味は、「そうあることがむずかしい」。当たり前のように暮らしていけることは、それだけむずかしいもので、ありがたいのです。