サーティワンでバニラを選ぶ人は貴族
私はベースが卑屈な人間であり会社でちょっとした旅行土産を渡されただけでも「今度なんかお返ししなきゃ」とプレッシャーになるタイプなので、3000万円のポルシェをプレゼントされて笑顔で受け取れる下着ユニバの女の子が別の意味でめちゃくちゃ羨ましい。
食事を奢られたり高価なものをプレゼントされて素直に喜べるのって自己肯定感のなせるわざだし、愛され慣れてるんだなあと思う。
そんな私の座右の銘は「タダより高いモノはない」です。
「繊細さん」を自称できる時点でまったくもって繊細ではないという矛盾
私も他人の言葉を勝手に解釈して勝手に傷付いては人間関係をリセットするいわゆる人間焼畑農業を繰り返すタイプなんだけど、「繊細さん」というより単なる自分本位の面倒くさがりだと思ってる。
人間関係を維持するには双方に様々なコストが掛かるわけだけど、そういう努力もせずにオイシイところだけ得ようとすると関係が破綻する。「平穏な人間関係は誰かのガマンの上に成り立っているのかもしれない」という考えは常に頭に置いておきたいと思っている
人間関係を維持するためのコストも払わず、「私、繊細さんだから」と被害者ヅラできるの、むしろド豪胆なのでは?と思ってしまうな。
職場で事務用品担当の人に「すみません、リャンメンテープありますか?」と聞いたら一瞬時間が止まったんだけど、「両面」を「リャンメン」と呼ぶのは一般的ではないという気付きを得た。
商品とキャラクターに関連がなさすぎて、一瞬「『いきりもち』って何?」と混乱した。
私の場合「返信不要って書いてあるけど返信しないのも失礼だし、でもわざわざ不要って書いてあるのに返信したら『あ、気を遣わせちゃったかな?』と思われるかも。どっちが正解なんだろう…」と相手を悩ませる可能性があるので「返信不要です」は使ったことがない。
社交辞令を真に受けて恥ずかしい思いをしたことがあり過ぎて他人の言葉を額面通りに受け取れなくなった。他人に何か言われるたびに「どれが正解のリアクションなのか」といちいち悩んで疲れる。人間向いてない。
劣等感を持たせないとか平等意識の観点から「徒競走の順位付けをやめよう」って提言する人がいるけれど、運動会でしか輝けないタイプの子供のことも考えてほしい。
体育2で徒競走は常にビリな私にとって運動会は忌むべきイベントだったけれど、順位付けやめろとか考えたこともないし、自分の得意なフィールドで戦えばいいやと開き直ってたな。
「劣等感」は悪いことのように言われがちだけど、コンプレックスがあるからこそ成し遂げられたこともたくさんあるし、「平等」を拗らせると言い訳ばかりで無気力な人間が大量生産されるんじゃないかと思う。
「勉強はやればやるだけ成績が上がるから好き。運動はいくら努力しても向上しないので嫌い」って話をしたら「逆じゃね?」と言われて、長いこと体育が得意な人たちと話が噛み合わなかった理由がわかった。
私の中では「勉強をすれば必ず成績が上がる」なので「勉強できない人=努力をしない怠惰な人間」と思い込んでたの、本当にヤバい。
賛否両論で盛り上がってる「子供産まなくてよかったです、マジで」って匿名記事、以前の自分なら確実に参戦してあーだこーだ言ってたと思うんだけど「まあ、そういう人もいるよね」で終わってしまい己の老いを感じる。
いろいろと後悔している人には、生き名言botこと我が夫の「選んだってことは少なくともその時点では自分の中で『正解』だったはずなんだから、過去の選択は全部『正解』」という言葉をお送りしたい。
たとえば「私、リンゴが好きなんです」ってツイートに対して「は?ミカンが好きな人間をバカにするな」と怒りを感じた時はメンタル激ヤバ信号なので回線切って筋トレでもしたほうがいいです。
私の場合、普段「いいこと仰るなあ」と感動してる名言量産アカウントに対して「うるせえな何様だよ」と思う時があって己の精神状態を図るバロメーターにしてる。
ここ最近、鶏肉はめちゃくちゃ高いのに手羽元だけ異様に安い。身体中から手羽元の生えたニワトリが大量生産されてる可能性がある。
「寝ると明日になっちゃうから」という理由で夜更ししてるの、いよいよヤバい。
うさぎのキャラ同士を並べたら可愛いかなと思ったんだけど、セクハラ上司と迷惑げな女子社員みたいになってしまってツラい。