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きっとkiramuneというレーベルに救われた人たちも多いだろうな、と思ったんですよね。もっと大枠で言えば、それぞれの声優さん達の演技に救われた人たちが、これまできっと大勢いたと思います。ラストの方、玄十朗と摂理の会話には、そんな想いを込めて書かせて頂きました。
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僕は挫折しやすい性格でして、「作家を続けられないかもしれない」などと考えたこともこれまで多かったんですよね。それでも十年、続けることができたのは、読み続けてくれた読者の皆さんの力です。「あなたの物語で救われた人がいる」そうした言葉を頂けて、立ち上がることができました。
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既にお気づきの方もいらっしゃると思いますが、「十」という数字を、登場人物たちの名前に散りばめてあるのは、そういう理由からです。本当はリーライの十回目作品でやるのがいちばん美しかったと思うのですが、こんな機会は二度とないだろう、と思いまして、作品の中核にも重ね合わせました。
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さて、お話を作る上で、ちょっとkiramuneさんのことを調べたら、レーベルとして十年目、ということに気付きました。実は、僕もこの秋で、作家デビューして十年になりました。ただの偶然ではありますが、この十、という数字に、とても奇妙な巡り合わせ、縁を感じずにはいられなかったのですよね。
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いつものように、本格ミステリに親しんでいる人を相手にするのではなく、ミステリに不慣れな人でもわかりやすい話を……。僕としては、このお話をきっかけに「本格ミステリって面白い」と思ってもらえればいいなぁ、と考えてお話作りをさせて頂きました。
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ただ、「伏線を読み返すことができない」の問題のクリアは難しく、もう、わかりやすく記憶に残るように伏線を張って、気付く人は途中で気付いてもらって、伏線を楽しみながら回収するお話になっても良いかな、という感じでお話作りをしました。
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結果、大成功だったと思います。伊藤さん凄すぎる。「幻視探偵」というギミックは、小説で表現するのが難しいと感じてて、お蔵入りしていたネタだったんですが、今回のリーライと絶対に相性が良いと思って蔵出ししたんですよね。伊藤さんとの相性、大正解だったと思う。
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あとは密室の構造とか、推理の解説とか、朗読でどこまで丁寧に情報を伝えられるのか。ここはもう、演出の伊藤さんを信じるしかない。まぁ、カラーズを観させて頂いた時点で、「幻視」という映像的なギミックを組み合わせれば、この方なら絶対にわかりやすく伝えてくださるだろう、とは思ったんですが。
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さて、朗読でミステリをやる上で懸念したのは、「伏線を読み返せない」点でした。巧妙に伏線を張っても、真実を知ったあとに読み返すことができない。チケットを取るのが難しいという話も聞いていたから、二度観ることができる人も、そんなに多くないかもしれない……。
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かんとく「推理モノなんだから探偵役の台詞量が多くなるのは必然だよ。それはもう仕方ない。神谷も自分でミステリやりたいって言っているんだからそれもわかってるはずだよ!」
さこもこ「なら遠慮しないで書きますね!!!」
この流れ思い返すと面白すぎるな。
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探偵と助手のバディものがやりたい、というのは最初に提示していて、主に探偵役に台詞の量とかが、かなり偏っちゃいますけど大丈夫ですか、と水島監督に聞きました。
かんとく「大丈夫! 神谷ならどんな長台詞も大丈夫だから!」
さこもこ「なるほど! 神谷さんなら大丈夫そうですね!」
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最初の打ち合わせをして、帰りの電車の中では、もうそこまで膨らんでいた気がします。そこからプロット作りをして……。最初のプロットだと容疑者は四人いて、四通り+ラストの解決、とか考えていたんだけれど、ごめん、尺的に四つは無理だった……(笑)
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ともあれ、そこに『多重解決』のプロットは相性が良いと思いました。容疑者一人一人に主役となるドラマがあって、それぞれが犯行に至る動機や、殺害のシーンなどを描く……。できる限り、舞台に立つ皆さんにスポットが当たるプロット作りに『多重解決』はマッチしている。
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皆さんが求めているのは、「推しが物語で活躍する姿」のはず……! たぶん……。きっと……。そうに、違いない……。はず……。
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普段なら、「ミステリを読みたい人に向けてミステリを書く」「相沢沙呼作品を読みたい人に相沢沙呼作品を書く」で良いのですけれど、今回は観客の皆さんの求めてるものを考えるべきだと思いました。ミステリが苦手な人は多いだろうし、皆さんはミステリを観に劇場にやってくるわけではない。
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「朗読だからと難しく考えず、小説を書くみたいに、相沢さんの好きなよう書いてみていいですよ」と水島監督は仰ってくれたんですが、やはり、色々と考えてしまうわけです。
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あとはまぁ、普通のミステリでやると、どうしても登場人物がすぐに死んじゃったり、ただのミスリード役に過ぎなかったり、情報提供役に過ぎなかったりと……。なんか、チョイ役になりかねないんですよね。
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これは、AグループBグループと、複数の演者さん達が演じることで、同じ脚本でも、まったく違う雰囲気になるよ、という水島監督の言葉から連想しました。だったらAとBとで犯人が違うと面白いかも→それは流石にコストが高いか→でも「多重解決モノ」ならば……。みたいな思考の流れですかね。
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今回のお話は、本格ミステリの世界では『多重解決』や『多重推理』などと呼称されるジャンルです。一つの事件に対して、複数の解決が提示されて、そのどれもが正解であってもおかしくはない……。というような構造を取るものが多いのですよね。
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ともあれ、プロットは最初の打ち合わせで、「皆さんがやりたいこと」や「リーライの特徴」を聞いている上で、既にぼんやりと三パターンくらい思い付いていました。わりとすぐに、これは「多重解決」がピッタリだろうな、と思いまして。
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とある回のカーテンコールを観た人には通じると思いますが(笑) でも監督も周囲の人たちも、何故か神谷さんがやりたがっていたと、そう思い込んでいたという……。いや、神谷さんもやりたかったようなんですが、まさかまた探偵役をやるとは思わなかったようで……。
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さこもこ「やはりミステリですか〜」
かんとく「神谷が挑戦したいってずっと言っていて」
さこもこ「神谷さんが! そうなんですね! じゃあ頑張ります!!」
僕はこの言葉を信じた!!!(笑)
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脚本のリクエストはこんな感じだったかしら。「ミステリであること」「横溝正史的な雰囲気を出したいこと」「一つの建物が舞台であること」「過去と未来の事件を行き来するような構成であること」「登場人物の人数が決まっていること」「過去は昭和や大正時代が望ましいこと」
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mediumの途中だったし、他の原稿のスケジュール的にもキツキツで、お引き受けできるかどうか、ちょっとわからんかったんですけれど、こんな面白そうなものに関わらなかったらめちゃくちゃ後悔すると思って、つい引き受けちゃいました……。すまんな、他の原稿たち……。
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それで年が明けて間もなく、水島監督からお仕事のお話を頂きました。本当に三ヶ月後くらいだった……。ちょうどmediumを書いていた頃ですかね。で、打ち合わせをして、リーライの特徴だったり、そこで表現したいことだったりを色々と聞きまして……。