Susumu Hirasawa(@hirasawa)さんの人気ツイート(リツイート順)

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可能性の低い願望や計画を「寝言」と言って揶揄する世界なら、片側4車線の大通りの中央分離帯の植え込みの上で仁王立ちになって私は言いたい。 寝言を言わなくなった大人に近寄るな。世界観が貧しくなる。
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キーひとつひとつがピラミッド形をしており、打つと逆さまになります。 ピラミッドが逆さまにされてゆく日々。いいぞ、もっとやれ。
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笛に最適な幹を持ったヤシのここが
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ヘンリーが何であるかは諸先輩方に学べばよいでしょう。 あろるの館はヘンリーの話で持ち切り。
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ポータルに入った瞬間チュール臭いのはそのためだ。 貴方の猫が見当たらないと思った時、たいていはブラジルに居る。
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数十年前の作曲当時にはできなかったことが軽々できるようになっている。 オマエタチ喜べ。 経年は劣化ではなく 持続的成長だ。 (要約すると:よりヒドイ嘘つきになっている) ひよっこより。
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P-MODELが「ピーモ」と呼ばれていることを知ったのは1980年の日比谷野音。出番直前の舞台袖でした。 舞台袖でこんな会話が聞こえたんです。 「XXちゃん、今日は何?」 「ピーモ見に来たの」
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あ、こっちの言い方のが面白い。 ステージと客席で「音楽が好き」という告白をし合っているだけ。 それがどうした? いいえ、どうもいたしません。 生意気言いました。 私を風上に置いてはいけません。
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思い出せないくらい長い間「死の満員電車」乗っていた私はもう思い出せないくらい長い間電車に乗っていなかった。 それが今日駅に立ってみれば、路線の名前は変わっているし、切符は人間が売っていないし、 電車の床は油の匂いのする木の床ではないし、まるでタイムワープした何者かでありました。
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私のように人前で大きな声で歌う職業の者は、録音した声を皆の前で裸で聞かされる刑に何度も会う度に存在が増えてしまう病気もある。 ヒラサワが増えるのは病気なのである。 健康だけど。
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昭和の時代。人々はルンバを踊りながらコーヒーを飲んではハイカラぶっていた。TVから流れてくるヘンなコーヒーの歌を歌いながら。 「昔アラブの偉いお坊さんが♪」 そんなの居ない。 あの頃からTVは大嘘つき。 またこんど!!
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Q:師匠は緊張されますか?明日入試の面接がありますが、緊張で何も話せなくなりそうです。 A:それでよい。 またこんど!!
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翻って、私が最も難産であった時期というのは1981年頃。Potpouriの頃でした。 難産は86年頃まで続きます。
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私は着火予告でデビューしましたが、当時その予告は 「ピーモの美術館」 と圧縮された略称で呼ばれた。着火が省かれたため、どこにも火が付かなかったことが悔やまれます。
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あまりに忙しい時には月締メ・フォルマントを道化にやらせるという手もある。 無い。
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マイクロUSB(タイプB)が見当たらないので店員に聞く。 「それはiphone用ですか?Android用ですか?」 「ですからマイクロUSBです」
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Q:常設グッズでキーホルダーが欲しいです宜しくお願いします! A:「常設」を「常磐線」と読み違えてしまった。常磐線の床に新聞紙を敷いて酒盛りしているオジサンのキーホルダーで良かったですか?
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Q:師匠は怖いもの、恐いもの、ありますか? または克服された恐いもの、ありますか? A:一部の昆虫に対する恐怖心は克服しました。今はほとんどの昆虫が可愛く見えます。
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ところで私、AMIGA OS4に起動音提供したけど、OS4ごと行方不明。
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しかし本日は母親棟で恒例の年越しそばフェス。仕事を中断して酸化した。 大丈夫。天ぷらはオリーブオイルで揚げてあり、オリーブオイルは熱では酸化しない。
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そもそも突飛な着想を嫌悪する人がヒラサワの音楽を好むとは思えない。 ようこそ。だがあと一歩だ。いや二歩と半分。
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80年代中頃、ステルスは突然シラケた。 TVは操作不能の類の人々をバカにし始め、都市は巨大ショッピングモールと化し、文化ファンに溢れた文化空洞があり、音楽ファンに溢れた音楽空洞が生じていた。 もう、面白いものは外には無い。 そう思い始めた。
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鈴木慶一さんです。 対談が一段落して編集者がこう言った 「最後にお二人が現在最も興味のあるものを教えてください」 ステルスは「鈴木さんからどうぞ」と言った。
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セグウエイに乗ったり 「TIMELINEの終わり」のMV を見た人は ヒラサワは人芯が強いと言う
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昔はよく動物の死骸が屋外に落ちていた。 現代の屍は歩いている。