高知東生(@noborutakachi)さんの人気ツイート(新しい順)

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失敗を受け止めると、大事なものが見えてくる。本当の友人や、助けの求め方、自分を見捨てない方法など順調なときには見えないものが見えてくる。やがてそれらは財産になっていく。失敗の経験を乗り越えた時、自分と他人の愛し方を知る。失敗は悪くない。みせかけの成功にしがみつくよりずっと良い。
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自分の薬物使用でやらかした事も「薬物依存あるある」だと言われたり、原家族で傷ついたことが「機能不全家族あるある」だとわかると、過去がカテゴライズされ、意味が見つかり、経験の生かしどころができる。自分だけと思っていると、それは恥であり傷でしかない。傷をオープンにすると癒しに繋がる。
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俺は天涯孤独の雑草だから、同じような境遇の仲間も沢山いる。一方芸能界ではとんでもないセレブとも出会ってきた。環境は全く違うけれど、抱えている心の葛藤や寂しさ、プレッシャーっていうものは、結局あまり変わらない気がしている。幸せは環境で作られるのではなく、心の有り様だとつくづく思う。
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不倫で叩かれまくっている芸人さんの姿をテレビでチラッと見たけどいたたまれなかった。追い詰められていないかと心配になった。今は日本中が敵に見えるだろうけど、これからの生き方で救いの手を差し伸べてくれる人は必ず現れる。苦しいだろうけど俺を見てくれ。不倫だけでなく薬物問題まであった。
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俺は「空気を読む」ことを賢いことだと思っていた。そして自分は空気が読めて、人の気持ちを察っしていると思っていた。でも実際その読んだ空気も察したこともあたっていたのかは不明で、結局は自分の恐れに振り回されただけだと分かった。他人の空気は吸えない。空気を読んで窒息しないようにしよう。
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批判なんて簡単で誰でもできるが、解決策を考えられる人は半分位にまで減る。実際に動き出す人となると激減する。その上失敗にぶつかってもスモールステップで諦めずにやり続けられる人となると数人しかいない。今、支援が届かない様々な社会課題をサポートしてる人達ってこの数人の人達じゃないかな
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自分が強くなれば二度と悲しいことは起こらないと思っていた。確かに喧嘩は強くなったが、それでも悲しみを感じた。だからまだまだ自分は弱いと思っていた。残念ながら悲しい出来事は必ず起こる。その時に必要なのは強さではなく悲しい時に「悲しい」と言え、悲しみを十分感じ切ることだったんだよな。
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自分を苦しめるのは自分の間違ったプライド。できる奴と思われたい、期待に応えたい。そんな思いが人を頼ることから遠ざける。本当はできないことをできないと言える人、わからないことをわからないと言える人こそ、自分に自信のある人なんだよな。間違ったプライドに自分が振り回されないようにしたい
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人生を困難にするのは考えを枠にはめることだよな。誰かと比較してしっかりしろとか、いい歳だからとか、男だから女だからって枠に押し込める。最近の俺この枠に気づいて自分には合わないと認識したら捨てている。「55歳」「カッコ悪い」という枠を捨てたら生きやすくなった。
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知人の息子が大学1年生で鬱になっている。大学に入ってもオンライン授業だけでリアルの繋がりが全くないとの事。新生活で友達もできず何を相談すべきかも分からない状況は考えただけで孤独で不安だ。先輩に教えて貰いたい事だって沢山あるはず。俺も東京に出てきた時は右も左も分からなかった。
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俺らは精神論世代だけど、特に根性があったわけじゃなく時代が良かっただけ。「今の若い奴らは」と言いがちだけど、今の若い人の方が様々な面でずっと高いレベルのものを要求された上、忍耐を強いられていると思う。時代というファクターは大きい。古い価値観を押し付けないようにしようと最近常に思う
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なんとなくネガティブな気分の時もTwitterで自分の感情が言語化できると、それだけでスッキリする事がある。モヤモヤしている時が一番落ち込む。人に話す効果も同じくなんだろうな。アドバイスなんか求めてない。話すことで自分の頭を整理する。だから黙って聞いてくれればそれが一番有難いんだよな。
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生きることの意味は生き抜くことだと思う。生きていてもしょうがないとか、生きる価値がないと考えてしまう時があるけど、実はそう思う時にも生きる意味があるんだよな。そもそも人生って不可解で理不尽で不条理の連続ですっきりしないものなのだと思う。意味なんてわからなくても生き抜くことはできる
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俺は今まで「大変だけど自分のためになる」とか「自分の収入になる」といったことに一生懸命だった。けれど今は「大変だけど社会のためにやろう」という人達に囲まれている。最初は面倒だったし、俺の役割ではないと思った。でも俺はその人達の無償の愛で助けられた。だから「俺もやろう!」と思う。
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自分を労わることは甘えで、自分のニーズを優先することは我儘だと思っていた。他人の顔色を見ることが配慮で、空気を読むことが大人だと思っていた。疲れ果てこれ以上傷つかないために人を遠ざけた。仲間に出会って「全部逆だよ!」と言われたが最初は怖かった。やってみたら自分も他人も大事にできた
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かつては「まさか捕まるとは思わなかった」今は「まさか俺が薬物の啓発をするとは思わなかった」同じ「まさか」なら誰かの役に立つこと、自分を誇りに思えることがいいよな。人生は「まさか」の連続だけど、嬉しい「まさか」が続くように生きていきたい。これからどんな「まさか」に出会えるか楽しみ。
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信頼を失うとなかなか取り戻せないが、自信や自尊心も同じ。一度失ってしまうと、普通にできたことが怖くなり、愛されるために本当の自分を隠そうとする。再び自信を取り戻していくには、優しさと思いやりのある人に無償の愛で支えて貰うことが必要だ。俺はそのチャンスに恵まれた。次は俺がそうしたい
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淋しさを感じると自分が悪い様な、ダメな様な気がしてしまう。でも淋しさってただの感情で、環境じゃないよな。周りに沢山人がいても孤独を感じたり、逆に一人でいても満たされている時もある。淋しさを恥じず、自分を責めず、「そんな時もあるさ」と感情を感じ切るまで自分に寄り添うことにしている。
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他人からバッシングされることはゼロにはできないが、自分をバッシングすることはゼロにできる。自分を責めることで自分をコントロールしているような気がしていたが、バッシングは力を奪われるだけ。心を檻に閉じ込めて罰を与えていたら縮こまるしかない。赦し解放して初めて他人を愛する余裕ができる
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俺は今、新旧の自分が交錯している。時々古い自分が「それは男だからだ」なんて問題のありかをジェンダー差で捉えたりすると仲間が「古っ」「昭和の男」とツッコミを入れてくれる。笑いながら俺の認知の歪みを教えてくれる。仲間っていいよな。今の俺はそれを素直に受けいれられる。そんな自分もいいな
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強い自分を演じ続けるのは簡単だ。人の話や意見を聞かず、独りよがりでいればいい。でも「強い自分になりたい」と探求すれば、弱さにぶち当たる。「自分のこんな弱さをどう克服したらよいか?」さらけ出して尋ねると「弱さは弱いままでよい」と言われ不安がなくなる。弱さって別に弱点じゃないんだな。
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俺、いまだに与えるより、与えられることを求めがち。与えられて当たり前の傲慢人生観からなかなか抜けられない。でも与えられるって「待ち」の人生だから結局不安が大きくなる。逆に与えることは「動」だから、誰かのためにやっているようで本当は、自分に力が付き、道が開けて、仲間ができるんだよな
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スキャンダルって不思議で自分がデマを書かれた時は「いい加減なデタラメ書いて!」と腹立たしいのに、他人の記事は「そうなんだ!」と信じそうになる。すると「そうか自分の記事も信じる人がいるんだ」と人を恐れ、失敗を抱え込んでしまう。自分のことを理解してくれる味方基地を作っておくの重要だな
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人生をしくじると以前の人生には戻れない。でも以前の人生より良くすることはできる。しくじった現実から逃げずにしくじりの当事者だからこそわかる真実を正直に伝えていけば、そこにきっと役割があるんだと思う。実はしくじりこそ人生の重要なメッセージ、まさにターニングポイントなんだよな。
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覚せい剤再犯のニュースがあると一斉に「やっぱりやめられない」と報道される。それを見れば正直傷つくし、悔しくもなる。でも今の俺の周りには治療に向き合いやめていったロールモデルが沢山いる。他人の評価に怯えず、翻弄されず、自分は自分と言い聞かせ、俺はやめ続ける努力をやめないようにする。