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一応、日中は仕事をしているので、その反面、夜は仕事や現実から離れたフィクションを摂取して、自分の中でバランスを取っている。なので、アニメとか映画を観て、「仕事がんばろうぜ」「現実と向き合おうぜ」「成熟しようぜ」みたいなメッセージを見かけると、
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作品の感想への「◯◯の視点が抜け落ちている」みたいな評価は、大抵、「自分で書け」以外に何も言えない。何で自分の視点を他人に代筆してもらおうとしているんだ、という。
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性欲由来の優しさという言葉が流行ると、自分が他人に優しくするとその人から性欲が異常に強い人と思われたら悲しいので、やめてほしい…。
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週末に家に引きこもると感じるのだけど、家にいるとどうしてもスマホを触ってしまうし、Twitterを見ているとネット経由で社会と繋がっている感覚が少しある。少なくとも大学生の頃にほとんど大学に行かずにアパートに引きこもって、読書と映画視聴と妄想と銭湯通いばかりしていた頃とは、全然違う。
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実際、そういう人に会うと普通に人間なんだが(当たり前だ)、Twitterというとそういうイメージが強いな。SNSなのに互いに交流せず、ぼそぼそと文才のあるツイートをしている謎の諸島。
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「『ぼくらのウォーゲーム』の頃からインターネットの人々が一斉に助け合って元気玉を打つのが好きだけど、それはそれとして俺はお前らのようなインターネットユーザーは嫌いだ」という細田守の人間臭さが出ているので、僕は『竜そば』がとても好きです。変な映画ではあるけれど。
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感傷する若い人の感性は若いのではなく、最初からジジイというのはその通りだけど、割とSNSで他人の人生や青春にまつわるフィクションに大量に接する環境だと仕方ないとも思う。その土壌で「自分の感覚を生きてる」実感を手に入れるにはどうしたらいいのか、という点が最も考えるべきことなんだろう。
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少しでも気を抜くと、かつて自分が好きだったはずの作品への言及が減って、いつの間にかひろゆきがどうとか今はネット議論でこんなテーマが炎上しているとか、そういうことばかり言及してしまう。それが問題なんだよ。
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友人の中国人オタクから、「青梅は幼馴染、線はルートなので、中国語で青梅線は幼馴染ルートになる」という豆知識を教えてもらった。幼馴染ヒロインが好きな中国人オタクが青梅線に乗って奥多摩に向かう聖地巡礼(?)が、そのうち人気になるのかもしれない。
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今日の羊の丸焼きを食べる会。一人のオタクがTwitterを辞めていて、「私はインターネットを辞めました!」と宣言したら、周囲のオタクから万雷の拍手が響いたのが、完全に『ファイトクラブ』前半の自助グループの集会だった。
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ある種のオタクにとっては、2000年代前半は「1990年代に終末を迎えなかった、ゲームオーバーの後日談」であって、「ゼロ年代」という独自の時代ではないんですよね。
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オフラインの現実でなりたくない自分や生きたくない人生を過ごしていて、「なりたい自分になれば、良くなるはず」と期待している状態よりも一歩先の救われなさであって、そういう境地だからこそ描ける物語もあるのかもね。