【レース迷・名場面② JTCC 1994 Rd.13 TSUKUBA】 JTCC初年度にして唯一の筑波開催 あいにくのウェットコンディションで レースはスタート、しかし2周目でトップの 黒沢琢弥とS.ソパーが接触、そこから 各所で地獄絵図が展開される事に 掃除機のように吸われるマシン達をご覧下さい。
【レース迷・名場面③ JTCC 1997 Rd.16 INTER TEC】 チャンピオン候補が3人に絞られた最終戦 逃げる本山哲を攻める中子修、しかしインに 飛び込んだ中子はブレーキがロックしプリメーラの 懐に接触してしまう。これでチャンピオンの可能性が 無くなった本山は驚きの行動に出る。
【レース迷・名場面⑩ JGTC 1998 Rd.2 Fuji】 豪雨の中開催された富士での1戦 ローリングスタート時、視界不良の中 減速した先行車を避けられず、砂子智彦の ポルシェが衝突しコースサイドで停止 そこに同じく後続を避けようとした太田哲也 のフェラーリF355がポルシェに激突 一瞬で炎に包まれる。
【モタスポ スポンサー集 54】 UNISIA JECS 日本の自動車部品メーカー 日産の厚木工場が母体の為 長らくHASEMI MOTOR SPORT のスポンサーとしてGr.A~JGTC までCALSONICのIMPULと 双璧をなす存在だった 2002年に日立の子会社となり 2004年に吸収合併された事で 同社の名前は消滅した
【モタスポ スポンサー集 59】 JACCS 日本の大手信販会社 JTC~JTCCにおいてホンダ陣営の ムーンクラフトのメインスポンサー として両シリーズのタイトルを 獲得した 信販会社としては堅実な経営で 知られ、過払い金の問題が ほぼ皆無の優良企業である
【プロトタイプカー 日産編 ①】 SKYLINE TURBO C Gr.Cマシン唯一のFRマシン Gr.5のスカイラインシルエットを より幅広に全長は長く、ルーフは 切り詰めて低重心化を図った。 エンジンは2.1L 直4ターボ'LZ20B'を 搭載する 見た目こそ人気だったが、 エンジントラブル頻発で 参戦全レースでリタイア
【プロトタイプカー 日産編 ⑰】 NISSAN R390 GT1 1998 やっと届いた表彰台 外観ではロングテール化を行い 弱点だったミッションも日産が 形状・材質共に改良型を投入 ABS・TCS等の電子デバイスを装備した 98年のル・マンに一挙4台を投入し 堅実なレース運びで32号車が 日産初の3位表彰台を獲得
【プロトタイプカー 日産編 ㉑】 NISSAN GT-R LM nismo ル・マンで散った迷車 空力的有利からFF方式に これに機械式フライホイールを 使う予定だったが 信頼性不足から3.0L V6ツインターボ 'VRX30A nismo'のみ使用 ル・マンでは3台を送り込むも 2台リタイア・1台周回不足で 完走は出来なかった
【プロトタイプカー マツダ編 ⑩】 MAZDA 787B 遂に届いた表彰台の頂 コーナリング重視へと 方針転換し空力特性の改善や カーボンブレーキを採用 'R26B'は2分割アペックス シールの採用で信頼性UP ロータリー参戦最後と言われた 1991年ル・マンで欧州の強豪 を破り日本勢初の優勝を果たした