戦争ってのは結局、人間関係のこじれや怨恨から来ることが多くなります。米中戦争でも、今までは経済の事があったので、気に入らなくてもお互い仲良くやってきましたが、恨みの感情が一定量を越えてしまうと「あいつ調子にのってるから、こっちが損してでも潰す」となってしまいます。
陰謀や裏切りは、時間をかけて計画を練るほど、バレて失敗する確率が高くなり、かといって短期間でやると、計画性が無く行き当たりばったりとなりがちです。従って陰謀は元来、成功確率が低いものであり、一番良い方法は誰かに代わりに陰謀をしてもらい、自分がそれを鎮圧する手法となります。
敵国の側近や部下を、もてなし、褒めたりして関係を深めると、敵国のトップはその部下がこちらに内通していると疑い、だんだん部下との関係が悪化し、最後は貴重な部下を粛清してしまいます。このようにトップと部下の関係を悪化させる謀略を「埋言(まいげん)」と呼びます。
頭が良く能力があっても、我を押し通す人は戦いでは逆に不利に働きます。 他人の意見を容れようとか、時期の到来を待つことができず、とにかく問題があれば、すぐに自分の主張を押し通して相手を論破し、礼儀の事など気にせず他人と争うので、周囲から疎んじられ、味方が増えずに敗北してしまいます。
日本人は戦いに不向きと言われますが、最大の要因は「汗を流さない人を嫌う」ことにあります。つまり戦いとは、汗を流さないのが善であり、究極的にはこちらが何もしてないのに、相手が滅んでいるというのが理想です。
「政治や軍事を語る者は国中にたくさんいるが、国内の防衛力は弱まるばかりである。なぜなら語る者は多いが、実際に武器を手にして戦おうとする者は少ないからである」 これは紀元前3世紀の韓非の言葉であり、今も昔も問題は変わらないと言えます。
東証取引停止と聞いて、昔の漫画を思い出した。 twitter.com/YahooNewsTopic…
東証取引停止   ↓ 石原さとみ結婚   ↓ 烈海王異世界転生連載 今年の10月、初日からトバしすぎじゃないですか?
2.26事件において興奮した兵士たちも、3日経てば空腹と寒さによってやる気を削がれ、あっけなく持ち場を去りました。群衆から集中して攻められても、最初の爆発に耐えて時間を稼げば、皆の勢いが削がれ、興奮が冷め、各人に刑罰が突き付けられると臆病になり、逃亡や降伏によって自己の安全を求めます
東証が取引停止に陥った時、東証と同じシステムだった札幌、名古屋、福岡の取引所も同時に停止しましたが、大阪だけは東証と違うシステムだったので、取引を継続することが出来ました。2つのシステムを併用するという一見無駄に見える事でも、有事の際の戦力の予備という観点においては大事となります
アルメニアとアゼルバイジャンの紛争で、大国の直接介入が無い状態で戦闘が激化しているのを見ると、やっぱケツ持ち同士が話し合いしないで当事者のみだと、エスカレートしちゃうんだなって思う。
学者肌や研究者出身の人にありがちですが「全部の情報が揃わなければ戦う事は出来ない」と考える人がよくいます。しかし戦争の情報の4分の3は不明であると言われるように、全部の状況が明らかになるまで待っていれば時期を失うので、戦いは条件が揃わないままで判断し、決心する必要があります。
戦力の予備というのは、負けそうな時に使うと思われがちですが、実は逆で、勝ちそうな時に投入するのが基本となります。敗れそうな部隊に予備を投入しても、現状維持となりやすく、それよりも勝てる見込みのある部隊に注入し、全軍の勝利によって一部部隊のピンチをチャラにするのが本来となります。
外交とは戦いのように思われがちですが、相手を論破したりするのはもってのほかです。セールスでも顧客をまくしたてて議論や論戦をするのは論外であり、まず短い言葉を投げかけ、相手に断らせ、断る言葉や態度によって、相手の意志を読み、説得、妥協点を探るのが大事となります。
実戦の経験者は、平時の体験では得られない試練を経てきてるので、実戦的かつ適切な主張をしますが、自分の成功体験を最高のものと錯覚しやすく、他にもっと良い方法を探そうとしたり、認めようとしなかったり、また、時代の変化に伴う前提条件の変化に鈍感となりやすい傾向があります。
君主は兵を養う事を考えますが、将軍は兵を使うことを考えます。従って将軍の書いたものには、社長が納得しにくいものが多くあります。兵書を読む場合、それが君主か、将軍か、参謀か、コンサル講師的人物が書いたものかを、よく確かめてから読まなくてはなりません。
日本人は和の民族なので、いさかいや波風を立てる原因の討論や説得を嫌う民族であり、従って、相手を不快にさせるのを極力避け、意思疎通を格式、箔の上下、上意下達で済ませようとするので、自分の意志をはっきり伝える訓練などは、歴史的に行ってこなかったのだと思います。 twitter.com/Infinity_topoi…
自分の部屋に強盗が入ってから防戦しようと考える人がいないのと同様に、防衛を考えるときには、国境よりも外側で相手に対処しようと考えるのが普通です。 これを国境線とは別に「国防線」と呼び、国境付近まで敵がきてしまったら、それは部屋の中まで侵入されているのと同じになります。
多くの人は、慣れ親しんだやり方を変えるのに抵抗を覚えます。年を重ねるごとにその傾向は顕著となり、歴戦のつわものや、大企業といった、今までのやり方が成功していた人達ほど、対応は保守的となります。これが、力の強かったものが衰えていく理由です。
戦いはまず、 相手より多い兵力を集め、それが出来ない時は、 相手より強い武器を集め、それが出来ない時は、 相手を騙して急所を狙い、それが出来ない時は、 逃げたほうが無難となります。
ローマの貴族は、平民の代表である護民官の中に、気の弱い者、買収されやすい者、社会の理想を大事とする者(現実の平民の利益を考えないもの)を常に潜り込ませていました。 弱気な者、利己的な者、理想主義者は、味方にいるとやっかいですが、敵の陣営にいると、この上なく便利な存在となります。
愚かな政治家、指導者は自国にとっては害ですが、敵国にとってはとても頼もしい味方となります。従って相手の国は、無能な政治家をもてはやして贈り物をし、優秀な政治家は冷遇し、なんとか失脚させようとします。
よそのチームの強豪を自軍にを引き抜いて、他所を弱くしつつ自軍を強くした結果、生え抜きが育たず、結局戦力がダウンしてしまう球団があります。 戦いは正攻法と奇策の両方が大事であり、奇策ばかりをしてもその場はしのげますが、正攻法をおろそかにすると、大局的に不利となります。
「戦いで小博打をするな」という言葉があります。 戦いでは、いつかは危険を伴う攻撃をしなくてはならず、それは大博打と等しいので、小博打すなわち「今日は見張りをしなくても敵は来ないだろう」等の希望的観測は、する必要の無い賭けと同じであり、これをなるべく避ける事が大事だと言われます。
よく創作物で「これは演習ではない」という放送が流れますが、実際の自衛隊では演習の場合は「教練〇〇戦闘用意」、実戦の場合はただ単に「〇〇戦闘用意」と簡潔に決められています。なるべく余計な言葉は入れないのが、聞き間違いを少なくするコツです。