526
生活の中で『推し』の存在はとても尊いと思う。頑張れない日があっても『推し』があることで頑張れたりもする。辛いことがあっても『推し』があることで忘れられることもある。日常の中に『推し』の存在は支えになる。おおげさではなく、『推し』があるから生きていける。
527
元気が無いときは余裕がないから悩まなくていいことに悩んだり、辛く誰かにあたってしまうことがある。休むことの必要性は自分に優しくするためにある。
自分に優しい気持ちが持てたなら、大切な人にもっと優しくなれる。
528
自分が思う幸せのハードルを下げるだけで、ほんのささいな事でも幸せを感じることが出来る。「物足りなさ」を感じる時は今ある幸せに気付いてない時が多い。「普通」であることはどれだけ幸せか。一日があたりまえのように無事に過ごせることは本当に幸せだと思う。
529
何の疑いもなく、ひとりの人を信じることが出来たならどれだけいいだろう。誰かを信じようとする時にはいつも暗い過去の思い出が邪魔をする。
信じたい人をそのままの心で信じたい。
自分の過去を、ひとりの人を心そのまま信じることで乗り越えられたらいい。
530
「寂しい」といえばワガママになりそうで、「寂しくない」といえば嘘になる。素直な感情を言える場所があればいい。受け止めてくれる場所があればいい。本当の自分を見せられる人がいたらいい。
531
好きになることは覚悟。
好きと伝えるのも覚悟。
付き合うのも覚悟。
向き合うことも覚悟。
中途半端な気持ちなら
中途半端な繋がりになる。
全部、覚悟。
532
頑張っている人に「頑張って」ってなかなか言えないから、そっと寄り添う気持ちが大事なんだろう。
気持ちを分かってくれる人がそばにいるだけで心は軽くなる。
一番嬉しい応援は自分を理解してくれる心。
533
どんな言葉よりも、
会いに来てくれることが嬉しい。
一番会いたい人に会えることが嬉しい。
それが一番望むことだから。
534
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友達でも恋人でもお互いの距離感が必要で、どれだけ親しくしていても、踏み込んでいけない場所や知って欲しくないことだってある。「大事にする」とは全て行動で、その距離を分かってくれていると感じると、大事にされていると思うし、また相手を大事にしたいと思う。
536
「同じ気持ち」というのは本当に奇跡のようなものだ。気持ちは形になって目で見ることは出来ない。見えないから不安もある。でも相手も同じ気持ちなのだと感じる心はある。そう感じる瞬間がある。相手も同じ気持ちなんだと思うことほど嬉しいことはない。
537
「無理しなくていいんだ」
「頼っていいんだ」
「我慢しなくていいんだ」と素直に思える人がいたら心強い。気を遣って本当の自分を見せられないことの方が多く、生き辛いと感じる時、そう思える人がいたらどれだけ救われるだろう。
538
自分の傷は自分にしか分からない。それがどれくらいの深さなのかも自分にしか分からない。その傷と向き合えるのも自分しかいない。消せない傷や抱えるしかない傷みもある。自分の傷と向き合える人は強い。
539
休むことに後ろめたさなんて感じることは無い。「甘えるな」と心無い人に言われても気にしなくていい。やろうと思っても出来ない時だってある。動けない日もある。心疲れたら休んでいいと思う。休むことは甘えなんかじゃない。
540
ずっと同じものはないんだなと思う。
人の想いやカタチも。
それはとても儚くて、寂しくもあるけれど、
だからこそ大事な時間でもあるのだろう。
毎日近くにあると、それが普通で、あたりまえに思ってしまうから、時々あたりまえじゃなくて大事なものだと思いたい。
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話を聞いてくれるだけで楽になる気持ちがある。重い荷物のように背負った悩みや不安は誰かに話すだけで心が軽くなる。自分の弱さを受け入れてくれる人がいたらいい。なんでもないようにそばにいて話を聞いてくれる人は大切だ。
545
ふと思い出して「会いたい」と想い溢れる時、自分の気持ちがどれほどか気づく。
求めなければ、期待しなければ楽なのに、止められない気持ちがあるなら、それだけ必要な人ということ。
546
自分の気持ちに迷ったら、自分の心に従えばいい。誰が本当に必要なのか、一番誰を求めるかは自分の心が一番よく分かっている。何かを決めるとき、何かを捨てる覚悟もいる。本当に大事だと思うものだけ残せばいい。それをずっと離さないように。
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過去を思い出して「懐かしいね」と言い合える二人がいい。ずっと長く付き合って、やがて歳をとり、二人が過ごした過去をお互い忘れてしまっても笑い合える二人がいい。
一緒にいる理由はただ一緒にいたいだけ。
それだけでいい。
550
心落ち着く場所があるといい。
優しくなれるのは優しくしたい人がいるからだ。優しくなれる場所。心休められる場所。「疲れた」と言える人。無理をしない、我慢しなくていい人。