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どんな会話の流れでそうなった。 まさか神様が結婚するのか。相手はどんな人(そもそも人なのか?)なのだろうか。こんな見た目の神様でも、結婚しようと思う相手がいるものなのか、なんて失礼極まりないことを思う。 続きを待っていると、男の子は俯いて黙り込んでいた。 (え?なにその反応?)
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厚焼き玉子。釜飯。今日は随分とがっつりだ。店主はすべてを忘れてしまおうと、調理に没頭した。 男の子もこの日は一緒に食事をしている。ぽつぽつと聞こえてくる声は男の子のものしか聞き取れないが、会話は穏やかだ。 そんな会話が、突然妙な展開を迎える。 「え、結婚?」 結婚?
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ご足労いただいたのに……え、あ、はい、体はなんとも。元気ですよ。あなたは?お腹空いてませんか?取り敢えず中へどうぞ」 どうやら危惧するようなことはなにも起こらなかったらしい。 盛大な安堵の溜め息をつく店主のもとへオーダーが届く。刺身八点盛り。肉じゃが。枝豆。
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◇ 翌日、しっかりと出勤してくれた男の子は店主から昨日のことを聞くと申し訳なさそうに首を竦めた。 「ああ……ほんとにすみません……」 「いやいや、急用は誰にでもあることだから仕方ないしさ……ただ、対応があれでよかったのか僕にもよく分からなくて」 なんとか今日機嫌を取ってくれと
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言外に頼むと、男の子は苦笑した。 「怒ってはいないと思うんですけどね」 そうして来店時間。 男の子は入り口の前で神様を出迎えた。丁寧に頭を下げて謝る男の子を、店主ははらはらしながら遠くから見守る。 「はい、ちょっと学校の用事で……急な予定の変更を伝えられないのは不便ですね。
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どうか怒らずに穏便に帰ってくれと祈りながら謝罪を繰り返していると、残念そうな声がぽつりと聞こえてきた。え、と顔を上げると、もうそこには神様の姿はない。 帰ってくれた。あっさりと。 店主はへなへなと座り込んだ。 「神様ありがとう……」 この場合の神様とは、あの客のことになるのだろうか。
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いつもの時間、神様はやって来た。 しかし出迎えたのがいつもの男の子ではなく店主だったので、どこか戸惑ったように体を揺らした。 「あ、あの、申し訳ありません!彼は今日休みになってしまいまして…!」 平身低頭謝り倒した。どうか許してほしい。わざとではないし、彼にだって自分の生活がある。
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素直に言うことを聞いてくれているようになった。 男の子は相変わらず神様を客として扱う。恭しく、丁寧に。毎度毎度話し相手をするからか、態度は大分軟化して気安いものになっていたが。 そんなある日、急な予定が入り男の子が休むことになった。これに慌てたのは店主だ。神様が来てしまう。
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「俺も詳しいわけじゃないから」 「いや十分詳しい」 彼にからかわれているわけではないのなら、店主にとっては十分有識者だった。 ◇ それからも夜になると、あの神様だという人間ではない黒いなにかはやって来た。 対応するのは男の子だけだ。他の誰にも出来やしないし、そもそも
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ラスト近くのシフトに入ってくれるバイトは彼以外いない。 しかしそれでは定休日の他六日間をでずっぱりになってしまうし、予定があったときなどは大変なことになる。 そこで男の子は、自分のシフトを神様に伝えることにしたらしい。神様も、自分を快く歓待してくれるスタッフがいた方が嬉しいからか
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しかし彼の話を聞く限りでは、悪いものではないようだ。だからと言って、はい大歓迎です!とはいくらなんでも難しいものがある。 「……あの神様は、もとからああいう姿だったの?」 店主の質問に、男の子は「うーん」と頬を掻いた。 「どうでしょうね」 「どうでしょうねって」
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「招かれたのに誰にも歓待してもらえない、食事も酒も出してもらえなかったって落ち込んでたみたいですよ。忙しかったからダメだったんだろうって日を改めたけど、やっぱり誰も側に来てくれないって」 「それ聞くと罪悪感がすごいけどあれだよ!?どうやって歓待したらいいんだい!」
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冷静な男の子の言葉に、店主は記憶を振り返った。 初めてあの人間ではないものがやって来た日───。 「バイトの子が、いらっしゃいませ、って」 「はい、招いてますね」 姿も見ずに声をかけ、振り向いたバイトの女子大生は腰を抜かしたのだ。
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「じゃあまさか君は、このままあの神様とかいう化け物を歓迎し続けるって!?」 「一度招いてしまったのをこちらの都合で一方的にお断りするのはかなりやばいと思いますけど」 「招いたのは君じゃないのかい!?」 「違いますよ」
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店主がそう切り出すと、男の子はぎょっとしたように飛び上がった。 「なんてこと言うんですか」 「え、だ、ダメ?」 「神様を門前払いするつもりですか?」 そう聞くと確かにものすごく無礼で酷いことのように思う。しかし見た目はあれだ。営業に多大な弊害が出ているし。
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「あそこまでなってなくても分からない気がするよ。ていうか、君は分かるんだね……」 「そりゃあ、神様ですし」 「そう……」 店主は察した。彼の言葉を理解するのは無理だ。そもそも話をしている土台が違う。 「それで、あの神様?を、うちに来させなくする方法とかって」
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翌日、男の子からそんなことを聞かされた店主は、聞いたそばから右から左へ流れていこうとする言葉をなんとか噛み砕いた。どれもこれも現実味がなくて、耳慣れないのだ。 「て、てっきりお化けかなんかだと」 「あそこまでなっちゃったら見分けつかないですよね」
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◇ つまり、夜遅くにやって来る人間ではない黒いなにかは神様なのだと男の子は言う。 「神様にも色々いるけど、町の中にいる神様は基本的に人間が好きです。大好きだから側にいるんです。でも神様って、人間に忘れられちゃうとどんどん自分の姿がわからなくなっちゃうっていうか」
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と黒いそれの向かいに腰を下ろした。 串も殻も関係なくなにもかもがそれの中に消えていくのをゾッとしながら横目に見やり、店主は逃げるように店の奥へ戻った。 「あ、お皿はダメです!ダメ!だーめ!!」 皿でもなんでも食わせていいからどうにかしてくれ。店主にとっての神はあのバイトの男の子だ。
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「でも、そろそろ掃除とか始めないと」 「僕がやっておくから!もう他にお客さんも来ないだろうし!ね!」 「いいんですか?……じゃあ、お願いします」 客に向き直った男の子は「店長がいいって言ってくれたので大丈夫みたいです。ここ座っていいですか?」
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男の子は優しく告げて離れようとしたが、また引き留められたようだ。 困ったように振り返る男の子が「すみません」と店主へ頭を下げる。 「こちらのお客様、話し相手になってほしいって……そういうお店じゃないし、お断りした方がいいですよね?」 「とんでもない!話し相手になってあげて!」
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「枝豆と、焼き鳥の五点盛りです。串気を付けてくださいね。これは串入れ。枝豆の殻はこっちに入れてくださ……ああ、まるごと食べちゃった。大丈夫ですか?しょっぱくておいしい?あはは、良かったです。お好きなように召し上がってください。ええ、お客様が美味しいと思うように」
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やはり聞き取れない声でなにかを言った。男の子のことをいたく歓迎した様子だ。へどろのようなもやのような体から無数に生えた、触手のような毛のようななにかがわさわさと蠢く。 咄嗟に口を押さえてしまった店主だが、男の子はにこりと口角を上げると客の前に恭しく皿を置いた。
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「料理冷めちゃうんで、あとで話しますね」 男の子はトレーを持ってあの客のもとへ行ってしまう。 迷ったが、店主は男の子に着いていくことにした。自分はこの店の主なのだ。なにが起こっているのかくらいは把握しなくては。 「お待たせいたしました」 男の子が声をかけると、黒いそれは
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そもそも大前提としてそこからなのだ。 すっかり腰の引けた店主に、男の子はあきれた様子で溜め息をついた。 「神様ですよ」 「いや、そりゃお客様は神様だけど、あれは」 「だから、神様なんです。あのお客さん」 「……………………………は?」