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「あんたさぁ、ピアノ10年も習わせてやったのに、その後一回もピアノ弾かないのなんで?」
やりたくもないことを嫌々やらされてたからだよ
「ピアノやってる娘」を持つことが第一、私の感情なんてどうでもよかったからそんな見当違いのこと聞いてこれるんだね
毒親とは我欲の塊、子は我欲を満たす道具
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心療内科の主治医曰く、「あまり過去の辛い出来事は無理に思い出さない方がいい」らしいのです。
でも…私が受けた毒親からの仕打ちの記憶は、長年誰にも打ち明けられる機会などなく、脳内で繰り返し浮かんでは沈みを繰り返し、体内で燻り続けていて、その燻りに私の心身はじわじわと炙られました
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普通の感覚を持つ親は、子がより良い人生を歩むために生活習慣を整えさせたり勉強などのスキルをつけますが、毒親は目的が違います。我が子を、まわりに自慢できて見栄を張れる子に仕立て上げたいんです。いい成績を取るよう強要するのは、「優秀な子を育てるアタシすごい」をやりたいから。子のため
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毒親育ちは、誰よりも親孝行“でした”。例えどんなに変な親でも、親の為に幼い頃から必死に身や心を削って、親に尽くし続けた。でも…それを受け取る側の親が毒、つまりどうしようもないろくでもない人間だった。そんな子供の真心をいつも利用し、振り回し我欲で使いつぶし、子供をボロボロにしたんです
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とは天と地ほどの違いがありますね。同じ人といっても、生まれ落ちた家庭の違いで、幼い頃からこんなに違いが生じるのですね
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かつて毒親に「遅い!早く!お前はだめな子だ」といつも急かされ否定されていた時の名残でしょうか。何をするにも無駄に力が入り、「早く終わらせなきゃ。失敗してはだめだ」と焦る癖が抜けません。しかも、どんなに力んで焦って必死に行っても、パフォーマンスは並み以下しか出せないことが多いんです
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毒親が子の部屋を漁る、日記を勝手に読むなどの「毒親による子の個人情報暴き」というのは、親という立場を悪用し、「お前のことなど全部掌握できる」ということを子にわからせ、子を無力化して一生手元で利用するためのマウンティングなのだと思います
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毒親は、自分が年老いて寂しくなると、連絡しろ!寂しい!体調が悪いから心配しろ!と、病気や老化で泣き落としをしてまで子の関心をひこうとします。かつて幼い子を邪魔にして放置して粗末に扱っておいて、なぜ老後に大切に扱ってもらえると思えるのでしょうか?その思考回路は全く理解できません。
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毒親被害をSNSに書き出していく作業というのは、例えると、長年毒親から一方的に「様々な呪詛が込められた大量の紙」を体内に無理矢理ねじこまれてきたのを、一枚ずつ取り出してシワを伸ばして解読し、その紙を捨てたりファイリングしたり…という作業のようだな、と思います
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毒親家庭では失敗が許されず、自分の弱みは親に見せられませんでした。なぜなら、弱みは毒親に罵倒されるネタとなり、失敗すると毒親から何度も蒸し返されては笑いものにされてしまうからです。毒親は人前でわざと私の過去の失敗をあげつらい、笑いのネタにすることがよくありました。
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「メンタルを壊した状態から元通りにするというのは、漬物をフレッシュな野菜に戻すのと同じこと」という表現をどこかで見たことがあります
かつての自分に戻ろうと無理をしたら、うつ病は悪化しました。
発病以前とは全く違う生き方やゴールの模索が必要になるんですよね twitter.com/NyoVh7fiap/sta…
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「自分はタフで、ずっと動き続けられるタイプだ」と長年思っていたんです。でもそれは全く違っていたということを、倒れてから初めて気づきました。
毒親家庭では、毒親から日常的に脅されるように生きていたため、いつもアドレナリンが出ていて、常に無理矢理全力疾走してるような状態だったんです
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RT わざと大声を出したり、大きな物音を立てるなどの「不機嫌アピール」をする人←実親がこれだと、子供には深いダメージが残ります
社会や人との関わりの中で不機嫌を撒き散らす人に遭遇すると、まるで自動的にスイッチが入るように、しなくてもいい過剰な緊張をしたり、必死に気を遣ってしまうんです
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「世界で一番分かり合えない人間が親だった」という不幸。
生き延びるために長年自分をねじ曲げ、本心を押し殺し、その合わない親に無理矢理合わせなければならなかった不運。
毒環境から逃れ、やっと自分の人生を始められる頃には既に長い年月が経過し、加齢し、心身には長年の疲労が蓄積されています
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毒親はどうして子供から搾取するのか?というと、「妊娠出産子育てが予想より大変!→その分こいつ(子供)からいろいろ搾り取ってやらなきゃやってらねえ!」って感じなのでしょうか
子への愛より「子に苦労させられた分、子からは元を取る」意気込みが強い。わが毒親の言動から感じられたことです
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昔、父に長い時間怒鳴り散らされ、やっと解放された母は、ひとり洗い物をしていました
「お母さん、大丈夫?」私はそっと近寄って尋ねると、母は私をにらみ、「あなたはお父さんに大声で怒鳴られたら大丈夫でいられるの?大丈夫なわけないでしょう?」と大変な剣幕で返されました。私はごめんなさい、
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毒親に昔されて辛かったことを話すと、必ず返ってくるのが「アンタ嫌なことばかり覚えてるのね。アタシそんなの全然覚えてない」
いじめっ子はいじめた記憶がなく、いじめられた側はいつまでも忘れられないってこういうことなんですね…
毒親の言動から思い知りました
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子供の頃、暴力的な男の子のターゲットになり、辛い日を過ごしていた時がありました。教師には両成敗的に適当にあしらわれ、毒父に至っては「その男の子はお前が好きなんだ。許してやれ」と言うのです…自分に好意のある人間からなら、理不尽な暴力であっても我慢して受けろと?とんでもない理屈です。
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毒親に人生を妨害されながらも「何とか普通になりたい、普通の環境に入りたい」ともがいてきました
でも、こうしてもがいてやっとたどり着く場所には、親や環境に恵まれて穏やかに生きる人が多かったんです。
高校、大学、職場と年齢が上がるにつれて、その割合は増えたように記憶しています
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親や周りから愛されて生きている人に対して、私は悔しさや怒りがありました。同時に、親にすら愛されない厳しい環境に生きる私は、誰よりも磨かれているはず、という期待を持っていたんです。しかし結果は逆。普通にすらなれず、地の底へ落ちました。親からの愛をろくにもらえなかった毒親育ちは踏ん張
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嫌なことを言われたら、とっさに笑顔を作り、その場が和やかになるような言葉を返すという行動を取りがちです。毒親家庭では、毒親から嫌な態度を取られてもそういう対応しなければならなかったので、その癖は未だに抜けないんです。「誰かに嫌な言動を取られたら、それは受け止めなくても良い。
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大人になると、日常生活で「親のことを考える時間」はめったにない、ということを知った時に本当に驚いたんです。毒親との疎遠前後、私の頭の中は毒親のことでいっぱいだったからです。子が成長しても離れてもなお、子自身に使うべきエネルギーやリソースを無駄に消耗させ続けるのが毒親なのですね
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私が何をどんなに頑張っても、「まだ足りない」と欠点ばかりあげつらっていた毒母。後に、なぜ私の頑張りを貶してばかりだったの?と聞くと、返ってきた答えが「褒めると調子に乗ると思って」労りなく子をひたすらムチで打ち続ければ、すくすく育つとでも思っていた…?冷血すぎて理解できませんでした
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母はよく「私には夫はいない。あの人は手のかかる大きな息子」と私に愚痴っていました
父は自分のことしか頭になく、普通の夫婦のように協力しながら困難を越えることができない間柄だったのでしょう。父が夫として役割を果たさない苦悩や不安、不満などは、長女の私に様々な形でぶつけられてきました
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毒親は子供が幼い頃は、子の相手などを仕方なく嫌そうで面倒がっていたのに、成長した子に対して異様に密着してくるのはなぜなのでしょう?
子供は昔と違って親を頼らずとも生きられますし、何より昔の冷たい仕打ちを忘れていないので、今更ベッタリされても心はすっかり冷え切っているのですけれどね