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この加熱処理でかなりのエネルギーを消耗することになる。培養肉をわずかばかり培養するために、かなりのエネルギーを消耗することになると思われる。言い換えれば、「培養肉は石油でできている」とも言いかえられるかもしれない。エネルギーの多くは化石燃料に頼っているのだから。
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その点、ウシとかブタとか、生きている動物は優秀。どんなエサを与えるかにもよるが、無菌状態にする必要はないし、エサは自然にあるものを食べさせりゃいいし。省エネで育てることは可能。
まあ、今の畜産は、化石燃料で作った肥料で育てたトウモロコシ食わせてるから「石油でできてる」のだけど。
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畜産に詳しい人、もし間違っていたら指摘してほしい。
昔は豆腐を作る際に、副産物としてオカラが大量に出た。オカラは家畜のエサとして長らく利用されていたのだけど、ある時を境に利用されなくなり、産業廃棄物として処理されるようになった。で、なぜオカラを食べさせなくなったかというと。
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オカラなどの食品廃棄物の行き場がなくなり、ムダが生じているのだとしたら、ちょっと忸怩たる思いも生まれる。なんとか、美味しさと、食品を無駄にしないことの両立ははかれないものか。
畜産に詳しい方、情報提供お願い。
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よく「自立を」なんて言われるけど。「他立」がいいんじゃないかな、と思う。
たぶん「自立」を求めるのは、依存ばかりして、他人の力を借りることばかり考えて、自分の足で歩こうとせず、他人のせいにばかりする人間への腹いせみたいな面もあるのだろう。けれど、「自立」は「孤立」でもある。
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刑務所での刑期を終えた人を「自立」させようとして失敗する話を聞くと、孤独が大きな原因であるようす。住居も用意され、仕事も確保できて、経済的には「自立」できても、人間はそれだけでは心が満たされないらしい。自分を必要とする人がいない中では、人がいても孤独は埋められないらしい。
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塾をやっていた時、個室は与えないように親にお願いしていました。もしすでに与えている場合は
・カギを許さないこと。
・親がノックしたら必ず入室を許可すること。
・テレビを置かないこと。
を求めました。思春期になって引きこもりになるリスクが高くなるためです。 twitter.com/rouninnseimama…
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うちの娘、最初の頃、算数に興味を持たなかったんですよね。お兄ちゃんがすごすぎて、「数学はお兄ちゃんに任せた」という気持ちになっていたようです。
そろばん塾に通い、九九の2の段を言えた時、家族全員が驚いて拍手したんですよ。お兄ちゃんも驚いて。そしたら。 twitter.com/dengurigaeru09…
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梅と砂糖を一対一で混ぜておくと梅ジュースができます。これはどれだけ経っても腐りません。
けれどブルーベリーを同じようにしても腐ります。酢を入れても腐りました。
なぜなんでしょう?どうしたら腐らせずにブルーベリーを漬けてジュースを作れるでしょうか?
皆さんの仮説をお聞かせください。
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「夫の扶養からぬけだしたい」というマンガがある。結婚し、専業主婦となった女性の苦悩を描いている。
夫は「僕が稼いでいる、僕が働くおかげで家族は支えられている」という。まるで女性の仕事は取り替え可能の簡単な仕事で、自分の仕事とは比べ物にならないというかのように。
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私が「驚く」ようになったのは、ある学生との出会いがきっかけだった。その学生はすでに2回も卒業の機会を逃していた。卒論の時期になると大学に来なくなるから。
その学生は、何を問いかけても気のない返事。「はあ」「わかりません」意欲や能動性というものが一切欠如していた。
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それまでの指導教官によると、あまりにも無気力なので仕方なく、あれをやれ、これをやれと指示を出すのだけど指示以下のことしかできず、しかも来なくなるのでお手上げだったという。私は、能動性、意欲を取り戻さないと話にならないと思い、まずはそれらを取り戻すことから始めることにした。
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とある実験結果を示し、「これ、何か気づいたことある?」と尋ねた。「わかりません」という無気力な返事。しかしそれは織り込み済みなので「うん、僕もわからない。何しろ僕も初めて目にする結果だから。分からない者同士、気づいたことをともかく列挙してみよう。ここはどうなってる?」
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具体的に着目ポイントを指差すと「・・・こうなっているような」と、オズオズながら答えてくれた。私は、自分が見たことを自分の言葉で示してくれた能動性の出現に、その奇跡に軽く驚き、「お、そうだね。じゃあここは?」と、次々に見たままを答えてもらった。すると。
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同じものを見ていても、私とは違う着眼点や表現で答えてくれることが出てくる。「それには気づかなかったな。他にも気づいたことがあったらどんどん大きく言ってね」指導者も気づかなかったことを指摘できたという達成感で少し嬉しくなるのか、オズオズしたところがなくなり、積極的に発言するように。
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その後も、その学生が能動的な反応(自分から動き出す)を見せたら明るく驚く、ということを繰り返していくうち、能動性、意欲を取り戻していき、一ヶ月ほどで私が聞かなくても自分から「これはこうなっていますね」と発言するように。3ヶ月もすると「この実験をすると面白そうなのでやらせて下さい」
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卒業するどころか修士課程にも進み、立派な研究成果を出し、一部上場の企業に就職した。
その学生に私がしたことは「問いかけ」と「驚く」ことだけだった。問いかけて反応を待ち、その反応がどんなものであれ、本人が能動的に動いた「奇跡」だと捉え、驚いた。
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驚くことで、能動的に動くことが楽しくなるように、と祈りをこめて。能動的に動くことが楽しくなれば、意欲を取り戻せるのではないか、という祈りをこめて。すると、その通りになった。枯渇していると思われた能動性、意欲が回復し、自分で考え、自分から働きかける人間に変わった。
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以後、「問いかけ」と「能動性が起きた『奇跡』に驚く」のを、学生だけでなくスタッフや子どもたちに適用してみると、みんな能動性と意欲が高まり、楽しそうに取り組むようになることに気がついた。
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能動性、意欲を取り戻すと、興味深いことに観察力、思考力、学習能力が高まることに気がついた。これはどう料理してやろう?という能動性が観察力を生み、仮説を立てては試行錯誤することが楽しくて考えることが多くなり、ヒントになるものを探していろんな学習をするように。
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すると、ろくに教えなくても勝手に能力を高めていった。
「なんだ、能動的に動くことが楽しくなるように、こちらが能動性が見えたら驚くようにすれば、能動性と意欲は高まり、だから学ぶことが楽しくなり、問題解決能力も高まるのか」と気がついた。
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果たしてその人がどこまで学ぶつもりかはその人次第だが、能動性を取り戻す前と後では、能力の伸び方が大幅に違うように思う。楽しいから積極的に取り組み、積極的だから観察力も学習能力も飛躍的に高まる。問題解決能力も大幅にアップする。
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「ほめる」よりも何よりも伸びる、と私は考えている。「ほめる」は、たとえ「結果」ではなく「プロセス」をほめたとしても、外面的に起きた現象(机に向かっていたとか)に着目しがち。そのために、勉強してるフリ、机に向かってるフリ、プロセスを頑張ってるフリを誘発しやすい。
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「能動性に驚く」は、外目の形に一切囚われず、本人の中に能動性が現れた奇跡に驚く。現れないのがデフォルトだから、もし現れなければなんとも言わない。ただ、祈るような気持で待っていると、ふとした拍子に能動性が現れる。その奇跡に驚くと、能動性が生まれる確率がどうしたわけか高まる。
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それは恐らく、人間は「驚かす」のが大好きだからだろう。自分の能動性で驚く人が入ることに気がついたとき、嬉しいから能動性が発生しやすくなる。
でも基本、「驚く」のは待ちの状態。待たずに引っ張り上げようとしたら、それは能動性ではなく受動性になってしまう。