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私は、科学の理論というのは、研究の初期段階では、目の前の事物や現象を観察する際の「目のつけどころ」を増やすためにだけ役に立つ、と考えている。自分一人では気づかない観察箇所を教えてもらうために理論は知っておくと得だが、理論を信じすぎて観察の目が曇るなら本末転倒。
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目の前の事物に様々なインプットをし、その結果現れる現象を五感で味わい尽くす。現象をしゃぶり尽くす。すると、不思議なもので、無意識が仮説を紡いでくれる。「こうしたほうがいいんじゃない?」その仮説に従って新しい工夫をしてみて、また五感で観察。これを繰り返す。
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研究する上で大切なこと。それは「手で考える」ことだ、と私はよく表現する。頭で考えていてはダメ。まあ、もちろん考えるのは頭でやっているわけだけれど、手触り、目の前で起きた変化、音、体に伝わる振動、様々な五感を通じて得られる情報をよく観察することがまず大切。考えるのはその後。
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当初、東大京大に勝てたのはまぐれだと思われている節があったが、そのほかの大学からの挑戦を受けても連戦連勝、あるいは負けてもかなりいい線にいくすイエんサーガールの活躍を見て、逆に有名大学の学生たちが変わってきた。目の前の事物や現象を理論に従わせようとしなくなってきた。
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他方、すイエんサーガールは。予備知識がない、ある意味、無知であるところから物事の現象をつきとめる訓練を普段の番組でしているためか、ともかく目の前の事物、現象をよく観察し、そこから仮説を立てるというクセがついていた。理論という色眼鏡で観察する目を曇らせることはなかった。
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どこか無意識に、「俺はこんな難しい専門的な理論を知っているぜスゴイだろ」自慢をしたい心理が働いてしまうのだろう。そして目の前の事物、現象よりも、理論の方が高尚で素晴らしいものだと勘違いする心理が、どこかで働いてしまうのだろう。
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大学などに進学し、いろいろな理論があることを学んでしまうと、理論を活用することが知的なのだと勘違いしてしまう。目の前の現象が理論と相性が良いのかどうかも十分確かめないまま、理論をあてはめて考えようとする。目の前の事物や現象を観察することを、そのために怠ってしまう。
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すイエんサーガールの取り組み姿勢は、私が研究者として最も重要視しているもの。目の前の事物、現象をともかくよく観察する。触感、視覚、聴覚、嗅覚といった五感を使ってともかくよく観察し、目の前の事物、現象から「教えてもらう」。それを最重視している。その際、理論を持ってこないようにする。
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他方、すイエんサーガールは知識がなかったため、理論を紙に押し付けるようなことはなかった。知識がない分、紙から「教えてもらう」ことに徹していた。紙を落としてみる、折ってみる、その手触りを観察し、紙からヒントを得ようとしていた。その結果、紙というものを観察から理解することに成功した。
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すイエんサーガールの大学対決を見ていると、東大生や京大生は「知識」に頼り過ぎていることが負けた原因のように思われた。自分の知っている理論を目の前の紙に当てはめ、紙に理論通りの強度とか性能を発揮するよう求めた。紙がその要求にこたえられるものかどうかを無視して。
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その紙の棒を3本束ねると、はるかに強度が増すことに気がついた。ともかく紙を触り、観察しているうちに気がついたことから改善を進め、彼女らなりの橋を作り上げ、東大生と勝負した。
その結果は。すイエんサーガールの圧勝だった。
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他方、建築理論なんかまったく知らないすイエんサーガール。理論なんか当然知らないから思いつきもせず、紙をともかくいろいろいじっていた。すると一人が、紙をきつく細く丸めると、かなり固い棒になることに気がついた。とりあえずその棒を量産してみると。
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私は見逃していたのだが、東京大学との対決がその前にあったらしい。対決内容は、紙で作った橋がどれだけの重さに耐えられるか、というもの。
東大生は何とか構造だとか何々理論とか、専門知識をフルに発揮し、理論通りの構造物を紙で作った。
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勝負の結果。すイエんサーガールの圧勝。京大生の作った飛行体はどれも、比較的速やかに落下した。すイエんサーガールの作った、ほぼ無加工の紙は目論見通り、右に左に横に揺れながら、しかし縦になることがないため、非常に長い滞空時間を誇った。
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そこで彼女らは、紙が縦に落ちる体制にならないようにするために、ほぼ無加工だけど端の方をほんの少しだけ折ったようなもので勝負することにした。他方、京大は。
何やら、植物のタネの形を真似したり、実に複雑なものを作った。落下するとクルクル回ったりして、それなりの楽しいものができた。
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ただし無加工の紙は、ものすごく早く落ちることもあった。彼女らは、滞空時間が長い時と短い時の違いを観察した。滞空時間が長い時は横にシーソーのように揺れて徐々に落ちるのだけれど、早く落ちるときは揺れ過ぎて紙が縦になり、一気にまっすぐ落下するのが原因であることに気がついた。
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アイドルグループのすイエんサーガールは、中学高校生の女の子たち。飛行体の知識も理論もなく、流体力学ももちろん知らなかった。理論からいけない彼女たちは、ともかく紙を色々折っては、落としてみた。すると意外なことに、無加工のA4の紙が一番滞空時間が長くなることに気がついた。
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もう10年近く前になるけれど、「すいえんさー」というNHK教育の番組が面白くて。特に衝撃的だったのは、大学対決。私が初めて大学対決を見たのは、京都大学との対決だった。A4の紙で作った物体の滞空時間を競うという競技。京大の学生は博学さと理論値を発揮して、様々な形の物体を作った。かたや。
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ボランティアではなく被災者だけど、「私にはこれくらいしかできないから」と、毎朝ホウキで掃除していたおじいさん、いつも温かい飲み物を飲めるように火の番をしながらずっとお湯を沸かし続けてくれたおばあさん。何も言わず、寡黙だったけど、とても立派。こんな高齢者に、私はなりたい。
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まとめました。
全体を見渡し、欠落を見つけ、それを補おうする力|shinshinohara #note note.com/shinshinohara/…
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全体を見渡し、欠落を見つけ、それを自分なりに補う。自力で足りなければ「誰か一緒にこの欠落補って!」と声を上げるだけでも良い。そうした人材を育てられたら、日本はまだまだムチャクチャ強いと思う。そして日本はたぶん、性分としてこれが合ってるように思う。
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私は、学歴(学校歴)って、どうでもいいんじゃないかな、と思っている。全体を見渡して欠落を見つけ、その欠落を自分が埋めねば、と考える人間がたくさんいるなら、必ずどうにかなる。one for all, all for oneが実践できるチームは強い。阪神大震災は、使命感がたくさんの若者を変えた。
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戦後まもなくの企業は、焼け野原になって物資も何もない中でビジネスを始めねばならなかった。学歴も専門家でもない人が「なんとかこの製品をモノにしなければ」と、外国製品を分解して調べたり、大学の先生を訪問して聞きまくったりして、なんとか形にしていた。「欠落」は自分が埋めねば、と。
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阪神大震災で機能したのは、この力だったように思う。全体を見渡し、弱点、あるいは欠落してる機能を自分が補う、ということを、各人が自発的に行える力。これがあれば、社会人になってからでも通用するように思う。
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何人かで山に登り、キャンプ場に着くと、自然と「水汲みにいくわ」「じゃあ僕らは薪を」「窯を作るね」「テント張っておく」「料理の下拵えしておくね」と、全体を見渡し、自分の仕事を見つけ、システムとして動く。これ、案外優等生ができなかったりする。ボーッと突っ立ったままだったり。