免罪的に使われる「企業だから」「サラリーマンだから」という口ぶりには僕もずっと違和感を抱いています。どんな仕事であっても社会的な使命を抜きにはできないはずです。営利だから、あるいは命令には逆らえないから仕方ないとするこの風潮こそが、いまの殺伐たる社会を作ったんだと僕は思います。 twitter.com/kaokou11/statu…
現役で先生をされている方々の前で講演。スポーツのこれからについて話す。前半に、本間龍氏の『東京五輪の大罪』を参考に東京五輪の「負の遺産」を概観してたら、あらためて怒りが湧いてきた。嘘、欺瞞、不誠実のオンパレード。こんなん許したらぜったいにアカンわ、ほんまに。
その通りだと思う。過度なビジネス化によってスポーツそのものが歪んでしまった。スポーツの脱成長モデルを構築する必要がある。 twitter.com/koheisaito0131…
感情に流されないようブレーキを踏みながらの思考は、とかく心身を疲弊させる。研究者だからそれが仕事とはいえ、元アスリートとしての思いが冷静さを失わそうとするから、ある種の混乱を招いていたのだ思う。→
宙吊りになったままのこの問題は決して見過ごせません。見過ごせません。きちんと報じるCLPはやはり信頼できるメディアだと思います。 twitter.com/ChooselifePj/s…
「スポーツウォッシング」の劇的な効果がわかっているから、開催に向けてなりふり構わずに振る舞う。スタッフの身辺調査もしないし、パンデミックも恐れない。非現実的な暑熱対策も厭わない。組織として体をなしていないですよ、こんなの。これ以上スポーツが利用されるのは看過できません。
言葉が軽く扱われている。このコピペが公になる前に「これはまずいでしょ」と進言した人が一人もいなかったのか。全身の力が抜けるほど落胆するとともに、怒りが湧いてくる。 twitter.com/OsuMashi_Maru/…
この移設問題について、もし反対ならその意思を明確にして欲しい。黙して語らずの態度は賛意になるからです。それから当事者としてのラグビー関係者には「賛否」の意思を示す義務があります。自分の庭が荒らされようとしているのに押し黙る人はいないでしょう。もし賛成ならその根拠をご教示ください。 twitter.com/rao_rug/status…
東京五輪がここまで歪になったのは、メディアがスポンサーになったことが元凶だとつくづく思う。薄膜を張るようにその実態が覆い隠され、その結果、市民が煙に巻かれた。報道すべきことを報道しないと、いとも簡単に社会は混乱する。それをまざまざと実感する3月11日の朝である。
グッときた。ムロタマユさんが音楽そのものに抱いている危機感と、僕がスポーツに抱いているそれとは、重なる部分が多い。とても。 フジロック2021に、音楽ファンはもっと怒っていい|ムロタマユ @yumataromu #note note.com/murotamayu/n/n…
『五輪がらみはこんなのばっかり』って、ホントそう。つくづく嫌気が差す。けれど今はきちんと指摘しておかねば思う。「無力感」を決して学ばないという決意とともに。 twitter.com/NOSUKE0607/sta…
つまり両者の違いは優劣ではなく、言葉の受け止め方に違いがあるだけ。体優位なのか、それとも頭優位なのか。つまりロゴスの問題。これ以上、運動に苦手意識を抱く人をつくらないためにも、ここが大切だと思うわけです。
これは僕は逆だと思います。いま開催に懸念を示さないとスポーツ文化が萎む。自己利益を追いかけて批判の目を向けなければ、上位下達で忖度を強要される旧態依然のスポーツを放置することになる。長期的な視野、かつ社会的な視点で捉えることが、ジャーナリズムの役目だと思います。 twitter.com/bibirinba/stat…
「おとな」は「こども」にとって生き方の手本であり、その総体が社会なのであって、「この社会にはロクなおとながいない」という身体実感はジワジワと、でも確実に本人の人生観に影響を与える。「こども」が成熟するためには肚の据わった「おとな」の背中が必要だと、僕は思う。
過酷な競争は心に悪影響をもたらす。だから競争は「丁寧に」扱わなきゃいけないんです。 重圧、バブル、無観客…五輪選手メンタル悲鳴 メダル目標撤回も | 毎日新聞 mainichi.jp/articles/20210…
素晴らしい受け応え。常日頃から思考を重ねていなければこんな逆質問はできないよなあ。現役時代を振り返れば、僕はなんて未熟者だったのだと恥じるばかりである。くぅー。 twitter.com/dec12171985/st…
だからいまは無理に冷静さを装うことなく怒っていいし、むしろ怒らなければならない。社会そのものに亀裂が入っているのだから、それを修復するためにまずは声を上げなければ。→
「スポーツマンシップ」という言葉は、このままだと死語になってしまいそうで怖い。少なくとも空語にはなるだろう。いや、すでにそうなりつつある。とくにその道の研究者は、あらためて問い直す必要があるとは思うのだが、そうした論考は寡聞にして知らない。もし知っている人がいたら教えて欲しい。→
2017年の記事ですが、パラリンピックの意義について考えさせられる内容です。障害者を「能力に劣っていてかわいそう」と「特別な能力がある」とする見方が広がって二極化し、努力しない障害者を怠け者だと考える人が増える可能性があるという指摘は、心に留めておきたい。 asahi.com/articles/ASK8S…
アスリートのセカンドキャリアに関する記事。まさかここまでの数字になるとは思わなかった。 サッカー選手“引退後”の現実とは イングランドでは40%が4年以内に破産、3分の1が1年以内に離婚(Number Web) #Yahooニュース news.yahoo.co.jp/articles/2a6e4…
本日、小池都知事に要望書を提出しました。署名していただいた皆さま、本当にありがとうございました。これからも計画の見直しに向けて継続的に働きかけていきますので、引き続きのご支援をよろしくお願いします。 change.org/p/%E7%A7%A9%E7…
五輪はスポーツの価値を貶め続けているし、社会そのものに取り返しのつかない傷跡を残し続けている。もうやめにしないといけない。やはり五輪はどこからどう考えてもスポーツなんかじゃない。スポーツに名を借りた単なる商業イベントに過ぎない。これ以上利用されないようにしなければならないと思う。
スポーツの祭典なのに、当事者からの声がほぼ聞こえない。それほどIOCに飼い慣らされてしまったということでしょうか。飼い主には逆らえないんでしょうか。国内外から非難される組織に、まだ加担するつもりなのでしょうか。→
このたびの東京五輪が露呈した数々の矛盾を、真摯に受け止めるスポーツ関係者がもし少なければ、このままスポーツが衰退していくのは火を見るよりも明らかです。この危機感が共有できる仲間と手を携えて、これからも発信を続けたいと思います。
この問題に五輪も大きく影響しています。2016年に入管の局長名で「東京五輪の年までに、不法滞在者ら社会に不安を与える外国人を大幅に縮減することが喫緊の課題」という内部通達が出されています。以後、明らかに収容期間が長くなっている。五輪は弱き者の犠牲の上に成り立っているんです。