片柳弘史(@hiroshisj)さんの人気ツイート(いいね順)

1801
微妙な距離感があるスズメとジョウビタキ。一瞬、目があいましたが、すぐにそらしてしまいました(。・ө・。)
1802
教会の庭のスパイダーリリー。今朝は、2輪咲いています。神秘的な美しです(^^)
1803
秋の気配がただよい始めた秋吉台。ススキの穂が、さわやかな風の中で揺れています(^^)
1804
どんなに自分を探しても、自分を見つけることはできません。自分を忘れるほど誰かを愛し、誰かから愛されるとき、私たちは、その愛の中で本当の自分と出会うのです。愛し合うことによって、私たちは本当の自分になるといってもよいでしょう。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
1805
にょきにょきと顔を出したツクシたち。本格的な春の到来です(^^)
1806
どんな人でも、一日の中に必ずよかったことと、よくなかったことの両方があります。よかったことを見て感謝できるのが幸せな人、よくなかったことばかり見て不満をいうのが不幸な人。ただ、それだけのことなのかもしれません。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
1807
満開を迎えた十月桜。冷たい風にも負けず、可憐な花を咲かせています(^^)
1808
教会の軒先に咲いた真っ白な水仙。「ペーパーホワイト」という品種です(^^)
1809
教会の花壇に咲いた、上品な朱色の薔薇「アヴェ・マリア」。シーズンの終わりで小さくなってきましたが、美しさは変わりません(^^)
1810
桜の枝にやって来たメジロ。嘴が、花粉で黄色くなっています(◉Θ◉)
1811
泥で濁った水も、しばらく静かにしていれば、泥が沈んで清らかさを取り戻します。人間の心もそれと同じ。感情にかき乱されて濁った心も、しばらく静かにしていれば、元の清らかさを取り戻すのです。深呼吸して、心を静めるのがよいでしょう。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
1812
風に吹かれて散る桜のように、やがて散ってゆく私たちの命。桜の花が、散るからこそ美しいように、過ぎ去って二度と戻らないからこそ、生きている今この一瞬には、限りなく価値があるのです。この一瞬を愛し、心ゆくまで楽しみましょう。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
1813
見事に色づいたモミジの木々。しだいに色が濃くなって、散る間際には真っ赤です(^^)
1814
何か大きな失敗をしたとき、私たちは、そのために離れてゆく人がいることに気づくと同時に、それにもかかわらず自分を支え続けてくれる人がいることにも気づきます。失敗の中でこそ、私たちは本当の友だちと出会うのです。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
1815
教会の花壇に咲いた、やさしいピンク色の薔薇「プリンセス・ド・モナコ」。寒さに負けず、美しい花を咲かせています(^^)
1816
満開を迎えたロウバイの花。庭中に、甘い香りが漂っています(^^)
1817
見ごろを迎えた、カトリック宇部教会のアジサイ花壇。散歩の途中で、ご近所の方が寄っていかれます。街中のフラワースポットです(^^) ※JR琴芝駅から徒歩3分。山口県総合庁舎隣り。
1818
教会の花壇に咲いた大輪のヒマワリ「東北八重」。甲子園の優勝旗が東北に渡ったことを喜んでいるようです。山口県から宇部商業以来37年ぶりに決勝戦に進出した、下関国際の健闘もすばらしかったです(^^)
1819
紅葉の盛りを迎えた公園のモミジ。「錦秋」という言葉がぴったりの、輝くような美しさです(^^)
1820
教会の花壇に咲いたやさしいピンク色の薔薇「クイーン・オブ・スウェーデン」。花びらがびっしり重なったゴージャスな咲き方です(^^)
1821
満開を迎えたチューリップ畑。見事というほかありません(^o^)
1822
「なぜあの時、あんな道を選んでしまったのだろう」と、後から自分を責めても仕方がありません。そのとき、そのときで、自分にできる最善の判断をしてきたのなら、いまいるこの場所こそ、自分が本当にいるべき場所なのです。今晩も、皆さんの上に神様の祝福がありますように。片柳神父
1823
満開を迎えた、山陽小野田市のシステム農場「花の海」のコスモス畑。数万本のコスモスが、さわやかな秋の風に揺れています(^^)
1824
教会の花壇に咲いたネモフィラたち。さわやかなブルーに癒やされます(^o^)
1825
教会の軒先の朝顔たち。今朝も、元気いっぱいに咲いています(^^)