玉川上水を上水道に利用するにあたって、水源地確保のため、1893(明治26)年に西多摩郡・北多摩郡・南多摩郡の三多摩が神奈川県から東京府に移管された。その直後1896年の地図をみると、保谷エリアだけは埼玉県となっていて東京がくびれている。保谷は1907年に東京府北多摩郡に編入される。
5月で営業を休止してしまう本郷鳳明館。3館あるうちのひとつ、台町別館でテレワーク日帰りプランを利用してみた。終戦直後の木造建築で古びてはいるけど、手入れは行き届いていて快適。都心とは思えぬ静けさ、庭の池のこぽこぽいう水音を聴き、時折庭にやってくる蝶や鳥を眺めながらの集中作業は捗る。
桐生市の閑散とした目抜き通りにある小さな三越。なんと1722(享保7)年の開業(当時は越後屋桐生店)と、まもなく開店300年を迎える歴史のある店舗。織物の産地として取引があったことから出店されたという。
「民俗地名語彙事典」が文庫化されてた。2冊分が纏まって自立する厚さの780頁に。例えば暗渠に関係する「ケミ」や「ツル」地名を参照するとこんな感じの記述。谷地とか谷戸地名も、もちろん数ページにわたり記載あるし、バッケやママも。 #暗渠
重版出来!「東京「暗渠」散歩改訂版」これからの季節の街歩きの指南書としてぜひお手元に。東京のまちの広がりの見え方がガラリと変わります。もくじをお知らせしていなかったのでご紹介。4000本の暗渠・開渠を記載した超大型暗渠マップつき。 #RTお願いできれば#暗渠 amzn.to/3mFdcZm
中野通りの拡幅で、今月いっぱいで撤去されてしまう、桃園川暗渠の桃園橋。すでに前後の建物はセットバック済だ。1936年から85年間、そのうち過半の期間は水面を失った後。無数の人々がこの橋を渡った。中には生まれた時から亡くなるまで渡った人もいたかもしれない。 #暗渠 #桃園川
今日は東京大空襲の日から76年。未明からの空襲で、現23区エリアの三分の1が一夜にして焼け野原となり、10万人の人が木造の日本家屋を効率よく焼き払うために開発されたM69焼夷弾で焼き殺された。「戦災焼失区域表示 帝都近傍図」には終戦までに空襲で焼失した地域が赤色で塗られて示されている。
河出文庫から新刊で出た柳田国男の「禁忌習俗事典」、バズってるtwのせいかamazonでは品切れでボッタクリ出品だらけだけど、原著の「禁忌習俗語彙」は国会図書館デジタルライブラリーで無料で読めpdfダウンロードもできるよ。
薄い人専用の階段と扉は健在であった。
セブンイレブンではない。イトーヨーカ堂である。おそらく店舗面積最小。してその実態は、ヨーカドーネットスーパーの物流拠点。店舗は諸々の体裁を整えるための仮の姿だろう。