Bellissima(@BellissM)さんの人気ツイート(古い順)

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《Amy Friend》カナダの写真家。ピンホールを開けた写真に光を貫通させる〈アラルーチェシリーズ〉は写真に刺繍をしようとした過程での失敗から思いついた作品。ヴィンテージ写真に新たな生命を吹き込み「失われた時間」を取り戻す。幽かな輝きを放つ粒子の群れが立ち籠めている
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《一点透視図法》大好きなキューブリックがいかに作品の中で効果的に一点透視図法を使っているかがわかる動画。消失点に向かって線が伸びていく目の快楽。有名な動画ですが秀逸な編集、何度見ても高揚します。vimeo.com/48425421
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カメラが自分に向けられていればジッとしていられないサービス精神の塊「ダリ」。自らの本質を見せないように振る舞うその姿は徹底していた。少女たちと縄跳びを興じる、海藻を咥え目を剥く、バルセロナ動物園の白毛ゴリラを挑発、晩年の写真なんて浅草演芸場の舞台に立つベテラン芸人の風格。畏れいる
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《Susanna Majuri》フィンランドのアーティスト。水面下の北欧の風景と揺らぎによって顔の認識の出来ない少女たちの姿が神話の一部を切り取ったかのように美しい。見るものを泡沫の如く消えてしまう儚い夢の中の景色(少女の繊細な内面)へと誘う水中写真。
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《Hidden Mother》1回の撮影に時間のかかった19世紀の肖像写真撮影で子供が飽きて動き出さない様に親がマントや布を被り背後から支えている姿が得も言われぬ雰囲気を醸し出している。撮る/撮られる行為に対する当時と現代の認識の違いを内包する文化背景の中に生まれた遺産の一つ。
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《MulberryA/W2013》キャンペーンビジュアルがフクロウ尽くしでメッチャかわいい! モデルは眉毛の凛々しいCara Delevingne。撮影はTim Walker。
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草間彌生(10歳)自分で花を組み合わせて写真館で撮影した写真。稼業が種苗業であったため幼少期より目にしていた草花が、その後の草間作品の重要なモチーフとなった。いい写真だ。
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《Andre Levy》フランクフルトを拠点に活動するデザイナー。偉人の姿が刻まれたコインにペイントしてアメコミのキャラやディズニーキャラに変身させてしまうドローイングアート。キャットウーマン、アラジン、日本人に馴染み深いマッハGoGoGoの三船剛、K・ラガーフェルドまで!楽しい
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《髑髏の錯視絵》過去から現代まで連綿と続く正統な美術史の傍流に位置する異端の流れ。1892年 C. Allan Gilbert「All Is Vanity」最も有名な錯視絵、「Antique Postcard,1905-10」、現代の作家Ali Gulec「Room Skull」
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《Dior Poison》90年代、Charles Allen Gilbert『All Is Vanity』をモチーフに作られたディオールの広告。髑髏の錯視写真とpoisonがもつ妖艶な世界観が見事にマッチしています。
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《Andreas Franke》オーストラリアの写真家。カリブ海に沈んた船を舞台にロココ時代の貴族を合成したファンタジックな写真。その写真展の行なわれる場所も海の中。海中生物の付着も含め年月とともに変化して「作品」となるそうです。
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《Andreas Franke》thesinkingworld.com
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《Gregory Halili》真珠を養殖するのに使用されている貝殻(白蝶貝・黒蝶貝)に頭蓋骨の側面を彫り油絵具で陰影を付けた「Memento」シリーズ。光り輝く貝殻の質感による艶かしい頭蓋骨が神秘的な美しさを放つ。 thisiscolossal.com/2014/06/mother…
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ハンス・ベルメール+ウニカ・チュルン「ファンム・アンファンの楽園」@LIBRAIRIE6/シス書店 会場で一目惚れ即購入したベルメールの〈球体関節人形栞〉。もち関節くねくね曲がります。素敵です。文庫のてっぺんから足飛び出ます。
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《GRIZZLY BEAR CHAIR》1865年9月8日に、第17代米国大統領アンドリュー・ジョンソンへ献上された、2匹分の灰色熊で作られた椅子。コードを引っ張ると座板下から顔が飛び出る仕様。有難くない仕様を含め、なんと言うか中々のセンスの持ち主のなせる技。
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《GRIZZLY BEAR CHAIR》の制作者は凄腕ハンターで知られたSeth Kinman。動物の骨や毛皮を使った家具を作っては米国歴代大統領に献上。リンカーンにはアメリカ赤鹿の角で出来た武骨な椅子を贈っています。正直どの大統領も野性味溢れる贈呈品に困惑していたといいます。
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1983年の今日、11月18日は《六本木WAVE》がオープンした日。1階~4階が世界の音楽を集めたディスクポート、地下が映画館シネ・ヴィヴァン六本木。広告コピー「都市のひとびとが、そこで自分の波長を創る静かな波止場」99年閉店。20世紀の文化遺跡。写真は朝日に掲載された10段広告
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《Kraftwerk – Pocket Calculator(81)》今まで目にした中で最も優れたミュージックカセットのパッケージ。アルバムカラーの黄色、タイトル曲「電卓」のイメージをパッケージに落とし込んだ秀逸デザイン。
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夫に先立たれた妻が彫刻家 Peter Schipperheynに依頼して作ってもらった墓石。「あなたと私は永遠に一緒」夫への愛を墓石で表現した。ロマンティックな墓石。
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《monocle》19世紀後半~20世紀前半にヨーロッパの上流階級で流行した片眼鏡。視力矯正レンズとしての役割は少なく服飾小道具としてシルクハットやコート、ステッキに合わせる貴族階級のステイタスシンボル。妙にそそるのは悪役やマッド・サイエンティストが着用しているイメージからかと。
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《monocle》女性と比べアクセサリーの選択肢が限られていた男性にとっての数少ない装身具として片眼鏡は流行。だからといって男性限定のアイテムだったわけではではなく洒落者女性の間でも、もてはやされていたそうです。女性の華やかさが片眼鏡の冷たい印象を中和させていい感じ。チャーミング
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《スチームパンク片眼鏡》て好事家ジャンルがあって、見てるだけで意味なく欲しくなってる。
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戦後ドイツの映画ポスター展@フィルムセンター 50年代~90年東西ドイツで制作された映画ポスターの展示。冷戦の中で別々の道を歩んだ映画界、ドイツ史の劇的な変動がポスターにも反映されている。芸術的作品志向の東、大胆で先鋭的デザインの西、時代の文化を検証する上でも貴重な歴史的資料。
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『この世界の片隅に』冒頭の広島の街並に和服姿に黒マスクの人が映って、嗚呼この時代 全国的に黒マスク流行ってたんだなと思った。上は昭和8年のアサヒグラフより。下は11年頃。インフルエンザが初めて見つかったことからマスクブームが到来したと言われています。頓服のパッケージも黒マスク
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日本人がマスクをするようになったのは大正8年のスペイン風邪の予防として注目を集め普及、昭和9年のインフルエンザで再びマスクが流行し、以後インフルエンザが流行る度にマスクの出荷量も爆発的に増えたそうです。大正7年の新聞に掲載された政府ポスター「マスクをかけぬ命知らず!」コピーが怖っ