小菅 信子 Nobuko M KOSUGE(@nobuko_kosuge)さんの人気ツイート(新しい順)

学生を盾に若者を囲い込んでその気にさせ、いらなくなったらポイ捨てする、そういう御仁はもう表に出てこなくていいから。隠居して自分のしたことを熟慮反省すればいい。
人の命、人権をなんだと思ってるんだろう? 付け加えれば、「現場の馴れ合い」はいい加減にしたらいいと思う。メディアはバイアスをかけずメディアの役割を果たし、警察関係者は左右とわずデモ隊や関係者と馴れ合わないでほしい。
朝から陰惨なことは言いたくないし、ぐぐればわかることだからさわりだけにしておくけど、過去の学生運動のリンチ殺人や破壊行為を直視せず、暴言罵倒暴力賛美ざんまい。侵略戦争同様に嫌悪し反対するしかない。
左翼マスコミ記者が公認マーク付けてクソリプ・嫌味リ・脅しまでかけてくるからね。ほんと、かなわん。じーさんばーさんの学生運動(もどき)には。
「自由な議論は民主主義の根幹です」。当然のことだと思っていたんですが、当然ではなかったのよね。まあ、でも、そこそこにしておきます。何を言おうが「差別だ」「原発御用学者だ」「学生運動を愚弄する」だの、罵倒に暴言を集団で延々と年単位でクソリプするわけで。さらに学者活動家に加えて、
労働運動についてはそういうわけで労働者が共感した、期待したところはあったと思う、けど、学生運動は最初から「お金持ちの子どもたちの道楽と甘えだろ」って冷たい感覚が日本社会にあったですよ。
長くなるので適当に終わらせますが、混雑って言ってもいまのJRの混雑とは比較にならないです。改札口までキロ単位で乗客が並んで待ったんです。
学生運動と労働運動が分断されたというのも、かなり違うと思いますよ。私は1960年代後半から動労千葉の津田沼機関区で通学し始めたんですが、どんなに混雑しても窓ガラスが割れても、順法闘争期に入る前は、通勤客は「我慢」してました。労働条件を改善しようとしてくれてるんだ、「我慢」しようって。
やたら当時の学生運動について郷愁をそそるような記者は、戦争を賛美した従軍記者みたいなものですよ、私にしてみれば。実際、火炎瓶が投げつけられた公共物を見たことがないんでしょうか? ←これ、研究者の分析というより世代の声と思ってください。
うーん、おきさやか先生というかたは日本の学生運動がどれだけ堕落したのかご存じないのかな? それとも批判出来ない立場におられるのかしら? これ、素朴な疑問です。1960年代初頭生まれとしては、ちょっと衝撃的です。
むかし、かなり筋金入りの「反日英国人」がいて、ある和解活動をしている日本人女性が話を聞きに行った。彼女たちは聞き上手で、彼は話すうちにだんだん落ち着いてきて、次また会う約束をして、機嫌よくふたりを見送った。 ところが、
現象としてのポリティカルコレクトネスには、犠牲者被害者の囲い込みがかならずされます。自分の主張に沿う証言をしてくれる被害者選びが始まる。自分の意見に沿わない犠牲者はふみつけられ、証言する機会も奪われ、難癖までつけられる。なるほどねーと思ったのが、歴史認識問題のとき。
東野先生は業績豊富な立派な国際政治学者だと思う。TL を見ていると、執拗に過酷なオンラインハラスメントにさらされている。同情と義憤にたえない。
私はたまたまひょんなことから歴史認識問題にかかわることになったんですが、当時はまったくもって「キワモノ」だった。ろくな学術業績がなくても「日本政府の歴史認識」を批判すればそれだけで、まあ、名前が売れ、天声人語で紹介されたりしてましたね。これ、すごくトリッキーだったです。
そこにメディアが絡むわけです。「元締め」が「子分」にポストを回したりマスコミに繋いだりするわけです。ツイッターってこのあたり炙り出しちゃいましたよね。なんとなくわかっちゃいますものね。
「犬笛」とはよく言ったものだよ。「狂犬を野に放つ」とか。学界あるある。頭いいからより陰湿により狂暴になるんですよね。
院生・非常勤時代にうけたハラスメントが TL に多数流れてきて、読むのも辛い。学界はハラスメントが常態化している。私もそうだった、非常勤時代にずいぶんハラスメントうけた。あれは、「元締め」がいるんですよ、「元締め」が。だから子分は勇気づけられていくらでもいじめてくる。
逃亡するお金もなく借金することもできず、逃げる先にコネがなければ、敵にやられるか難民になるかですよね。
「逃げればいい」の欺瞞は、コネと金のある人は逃げられる、でも持たない人は逃げられない。そこなんです。
「大衆とメディアの共犯関係」は本当にそうで、大衆はメディアに煽られた被害者ではなくて、「共犯」だったんですよね。3.11からもそう。今なおそう。メディア側は「大衆」なるものとの「共犯関係」に陥らないでほしいです。
全共闘世代とは=キャンパスを汚くする、手入れしてない髪を伸ばす、わけのわからない夢や理想を聴いてもいないのにえんえん喋る、女性にやたら馴れ馴れしい、法廷闘争だの暴力闘争だのめっちゃ乱暴、似合わない服を似合わなく着てかこいいと思い込いこんでいる、カラオケに行って泣きながら歌(文字数
何かと話題になる「オープンレター・スクール(学派)」については、個々のメンタリティーには関心ない。集団的メンタリティーとして興味深いと思います。1300人の学者・知識人が一つの公開書簡で結束したことには関心を抱きますね。(なかには、私としては信じがたいかたの名前があった。)
私はさー ロシアにも何度か行って、歴史共同研究とかいくつもやったわけ。でも、ロシア人研究者に「歴史修正主義者」だの「差別主義者」だの言われたことは、一度もないんだよね。中国でも韓国でも、どこでも。ただ、日本の人だけが言うんだよね、「歴史修正主義者」「差別主義者」って。
しかし。まじ怖いわ。自分の思惑と100%同じでないと、「差別主義者」「歴史修正主義者」「戦争屋」とかレッテル押されて、しつこく絡まれて、嫌がらせされて、脅されるんだから、日本語圏のツイッターまじ怖い。
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福島への風評被害を論じると、ネトウヨとか差別主義者とかってことになるんだー なるほどー おもしろい理屈だね。