大学院生へ 研究って生活の中にあるものだから休みはありません。だから、やるべきことはハッキリしています。 ① 休日を決める ② 堂々と休む 研究してるフリほど虚しいことはありません。研究には休みも必要です。 『よく眠りスッキリした頭で考えること』 研究を大切に思う人はそうします。
大学院生へ 研究って生活の中にあるものだから、研究に休日はありません。だからこそ ・平日は研究しなければならない ・土日も研究しなければならない みたいな考えは不要だし ・気持ち次第で土日も研究できる ・平日、集中しすぎた日があれば別の平日に休む くらい自由を楽しんでいいんですよ。
大学院生へ 研究には再現性があるけど 「成果が出るかどうか」 についてはいつも分からないんです。成果を出さないと大学院は修了できないけど、一番に自覚すべきは 『そういうレベルのことに取り組んでいる』 という事実の方です。「興味をもって祈るように何かを考える」その時間に敬意を払います。
大学生が知っておくべき検索技術 インターネットで調べ物をしていて、ウェブページを保存したいときがありますね。そのとき 「ウェブページのショートカットだけを保存する」 はおすすめしません。数年後に見られない場合があり 「PDFで保存しておけば良かった」 となります。
【数学する人全員が使うわけではないけど、時々使ったり使わなかったりする表現】 ・「ごめん。ウソついた。」 →自分のミスに気がついたときに言う ・「これの何がうれしいかと言うと」 →何か先にある良いことを説明しようとするときに言う ・「aはAに住んでいるから」 →a∈Aのことを言っている
大学院生は各々最先端にいて、人類の知識の境界線を歩いているんです。 『成果が出ましたメダル🎖』 をぶら下げているかどうかだけを見るというのは、ぞんざいな扱いというものです。 「まだ学生やってるの?」 彼らは確かに学生だけど、考えるという仕事を想像する人はそういうことは言いません。
もっと自分の研究生活に誇りを持っていいんです。 ①心から説明をつけたいと思えるテーマがある ②人と協力でき、議論もできる ③ものを考えるための十分な知識を有し、考える技術もある そういうことを実践する彼らは 『考えることが仕事』 って言っていいレベルのことをやっているんですよね。
何度でも言うけど、大学院生が 「研究が行き詰まってしんどい」 と思う最大の理由は 『大学院生だから』 なんですよ。研究に向いてないからでも能力が足りないからでもない。 『成果が出ないと修了できない世界で、いつ成果が出るか分からないことをしている』 本当にすごいことをしているんですよ。
大学院生へ 大学院にいれば ・成果を出さなければならないプレッシャー ・研究室での人間関係 で気持ちが忙しいときもあるだろう。気休めの対処法であっても ①肌触りの良い毛布で寝る ②外食 ③見たい映画がなくても行く映画館 ④ぬいぐるみ 使えるものは全部使って、心の健康に努めるべきである。
大学院生へ 修了した後も人生は続きます。だから 「大学院で負った古傷が痛む」 みたいなことにならないように ・上手に休もう ・良い考え方をもとう と言いたい。 『メンタルを正常にするために、自分の何かを犠牲にしてないか?』 その犠牲で生活が変わらないか心配です。学問ではケガしません。
院生「大学院生って忙しいですねぇ」 先生「そうでしょ。2年で修論書かないとならないし、授業にレポート、TA、後輩の教育もあって遊ぶ余裕なんてないでしょ?」 院生「遊ぶ余裕がないのは問題ないです。研究しに来てるので。ただ、『研究で遊ぶ余裕がない』というのは問題ありです。」 先生「...」
大学院生へ 今日は日曜日です。良い日曜日を過ごすために、最低限気をつけるべきことがあります。 「休日、何もしてない自分を気にして気持ちが疲れる」 これだけは無しです。本当に無しです。もう一回言います。 「休日、何もしてない自分を気にして気持ちが疲れる」 これだけは絶対に無しです。
大学院生へ 学問ではケガしません。でも、誰かの顔色を伺いながら研究室で過ごせばケガします。 学問ではケガしません。でも、成果が出ないことを研究してないことと思い込むならケガします。 学問ではケガしません。でも、休みが必要なとき休まなければケガします。 生活の中に研究があるんです。
「大人の学び直し→大学院」 というのに違和感を覚えるのは、学部を卒業した人が次に行くところが大学院なのではなく 『研究能力を向上させたい』 と考える人が行くのが大学院だからです。 大学院(前期)は2年で修士論文を書く意識が強くて、そこにある勉強は「研究の準備としての勉強」だったりする。
大学院生へ 今日は日曜日です。 「この時間を研究にあて、明日話せることをもって研究室へ行くもよし」 「何もしない時間を過ごし、空っぽになることに努め、明日スッキリとした頭で研究室へ行くもよし」 です。でも 「休日、何もしてない自分を気にして気持ちが疲れる」 だけは絶対に無しです。
大学院生へ 「自分のことを大事にしていますか」 ・乱れた食生活 ・睡眠不足 ・気の使いすぎ ・自らが作り出す実在以上のプレッシャー 体力は使い切るのが正解ですか?いいえ、眠くなったら眠り、自分自身を良い状態にしておくべきです。切れ味が違います。研究は気持ちで研かれ、心が大切です。
大学院生へ ・問題を抱えて過ごすこと ・問題と一緒に生活すること いつも研究は側にあるものです。でも、それと「休まないこと」は違います。休みは必要だし、休むことは研究しないこととも違います。もっと良い研究をするために、何より健康のために上手に休むべきです。学問ではケガはしません。
大学院生へ 成果が出るかどうかじゃないんです。考えることは対象に触れる経験であり、まずそこを最大限大切にしたいものです。「何時間考えたら分かる」という保証もなければ、誰かがすでに知っているわけでもありません。そこに居続けられる程の興味の上に『考えるという仕事の実践』があるのです。
大学院生へ 「自分の頭が良いかどうかを気にせずに、研究に集中できること」 そういう姿に優秀さがよく表れるように思います。 好きなことを考えることは簡単です。でも、あなたがやっていることは、時間をかけて身につけた知識や技術をもって 「確かに考えている」 ということなんです。大学院には
院生A「研究が行き詰まっていてしんどいです。」 指導教官B「私にはAさんが研究を楽しんでいるように見えます。本当に『研究が行き詰まっていること』がしんどいんですか?」 沈黙 A「違いました。行き詰まることはいいんです。『成果を出し修士論文を書かないと修了できないこと』が原因でした。」
数学を学ぶ大学生へ 図書館で本を複写することがありますね。そのときに 「+10円払ってでも、本の最後のページを印刷しておく」 というのがとても重要です。それは研究の意味でもそうですが、もっと個人的に 「数年後、自分がその資料に出会ったときに迷子にならないため」 に重要です。
大学院生へ 何度でも言います。 「上手に休めていますか?」 研究が大変でも、自分の内側から湧いてくるプレッシャーでは心は痛めません。しかし、 ・頭に浮かべると疲れてしまう「人間関係」 ・研究の進捗状況を気にして、自らが作り出す「実在以上の外部からのプレッシャー」 ではケガをします。
【続き】 子「実はまだ買ってなかった本がたくさんあるんだよね...」 父「ほしいものリスト、確認してごらん。」 子「ゲッ...新品ないし、値上がりしてる...」 父「ラッキーだよ。運が悪ければ買えなかったかもしれないんだから。」 子「父さん、ポジティブだね(笑) 今度から買うようにするよ。」
【数学科卒の父と数学科に通う子の話】 子「父さん、ほしい数学書があって買おうか迷ってるんだ。」 父「買いなさい。」 子「ただ、今すぐ必要なわけじゃないんだ。卒業してからにしようかな。」 父「いいから今、買っておきなさい。卒業する頃には、アマゾンで倍額の中古を買うことになるよ。」
数学ができる人は知らない数学の質問をされたとき、正直ちょっと悔しいと思いつつもハッキリと 「答えられないわ」 と言います。その返答を聞いたとき、未熟な質問者は「なんだ、わからないのか」と不機嫌な態度を示すが、そのへん良くわかっている人たちは 「この人、しっかりしてるな」 と思います。