#アンという名の少女3 アンが誕生日にもらったチャームブレスレットは、チャームで表現される人生のイベントを足していく、まさにその人の人生の足跡。ヴィクトリア女王(右上)も好んで身に着けていたことから人気が出たそう。下段は19世紀のもの。チャームに込められた意味に想いを馳せられますね
アンの時代に使われていた学習用の石盤は2.5mmほどの薄さで結構割れやすかったそう。アンは石盤でギルの頭を叩いて派手に割ってたけど、確実にダメージを与えたかったら木枠の角で垂直に叩いたほうが絶対痛いだろうから、実はアンは比較的痛くない叩き方を選んでいた可能性が(あくまで比較的)。
「炉辺荘のアン」に登場するお菓子ローリー・ポーリー(Roly-Poly)、生地にジャムを塗って丸め、蒸すか焼くそう。ビアトリクス・ポターの「ひげのサムエルのおはなし」で子猫のトムが団子にされるの、あれローリー・ポーリー作ってるんですが、今更ながらジャムの代わりに猫って生々しすぎて怖い。
赤毛は世界人口のたった2%、緑の瞳は約2%、グレーの瞳は1%なのだそうで、アンのような赤い髪に光の加減で緑やグレーになる瞳の組み合わせはきっと超激レア。宗教文化歴史的な背景からか、アンは赤毛を嫌っていたけれど、あなたはとてもユニークで特別なんだよ、と心から言ってあげたいな。 twitter.com/officeyuko/sta…
アン18歳~22歳、大学時代を描いた「アンの愛情」の人物相関図を作ってみました。説明文は私見です。こんな風に図にしてみると、昭和なトレンディドラマ感(「男女7人夏物語」とか。懐かしい😅)が出て楽しいですね。絵は「赤毛のアンの手作り絵本」の松浦英亜樹さんの美しいイラストを拝借しました。
#アンという名の少女 生理があがってせいせいしたと笑いあうリンド夫人とマリラ、初潮を迎えたらレディとして扱われると得意気な少女達、こんな面倒なものはないと言うアン、自分はまだ来ないと泣くルビー。女性の人生って心身的にも社会的にも生理に翻弄されるんですよね。
ギルがアンに2度目のプロポーズをしたのは多分9月の頭頃。アンは昔ギルが好きと言った緑のドレスを着て、2人は白樺の木や、きりん草やアスターの咲く夕暮れのへスター・グレイの庭をそぞろ歩くのですよね🥰 アンは「今日が私たちの幸せの誕生日」と言っていたけれど、その後毎年お祝いしたのかしら。
#アンという名の少女 ジョシー・パイ役のMiranda McKeonさんが19歳の若さで乳がんと診断されたと先月発表され、治療を受けながら大学で勉強を続けるそう。彼女のインスタグラムはとてもポジティブな生命力に溢れていて、祈ることくらいしかできないけど応援せずにいられません。
20世紀初頭に流行したランジェリードレス。ドレスやスリップの上に被せて着るもので、薄いものほど高級とされていたとか。白X白で合わせても可憐だし、下地が他の色だとレースの模様が引き立って、黒だと装いが官能的に。手持ちの服が少なかった時代の画期的アイデアだったのかもしれませんね。
19世紀後半~20世紀前半の和風な日傘。日除けだけでなく、その美しい模様も人々を魅了したことでしょうね。19世紀後半に流行したジャポニズムの影響からか、1930年代くらいまで日傘としてアジア風の傘を使うのが流行っていたようです。和傘と洋装の組み合わせ、エキゾチックで素敵ですね。
スイカを食べる19世紀末~20世紀初頭の人達。この時代の女性はお上品に細かく切って食べるのかと思いきや、意外にも豪快に三日月に切ったスイカにかぶりついてるのが素敵。暑い日にこうやってシャクシャク食べるスイカってほんと美味しいですよね🍉
反女性参政権派)などがあったそうですが、女性が政治的に利用され、同じ女性同士でも戦争に関する意見の相違や対立もあっただろうと思います。そういった時代背景を学びながら「アンの娘リラ」を読むとより興味深く、また現代にも通ずるものがあるように思います。
「白い羽運動」のような募兵活動を行う女性達の背景には「ドイツ軍の(特に女性や子どもへの)残虐行為」を前面に出した英国のプロパガンダや、銃後の労働不足を女性が埋めることによる女性社会進出と権利獲得を狙った女性団体の積極的な参加(皮肉にも白い羽運動を始めた団体の創設者の一人は →続
第一次世界大戦中に、ある英国の男性に送られた、軍に入隊しないことを非難する匿名の手紙と臆病者の象徴の白羽。女性達が未入隊の男性に白羽を無理やりつけて回ることもあったそう。「アンの娘リラ」でも入隊前のウォルターに手紙と白羽が送られていましたね。戦時下の狂気的な社会的圧力を感じます。
19世紀末の、忘れな草(Forget-Me-Nots)の指輪と、花のような色のドレスが素敵。「アンの青春」で、ミス・ラベンターが、ずっと忘れられなかった昔の恋人アーヴィング氏と再会するとき、忘れな草色のオーガンディのドレスを着ていたのが象徴的でロマンチックでしたよね。
20世紀初頭のロンドンで、フランス人女優と日本人男性による柔術パフォーマンス「Jiu-jitsuワルツ」が大評判だったとか。この男性Surye Kichi Eidaさん(アイダ・スエキチ?漢字は謎)はロンドンの柔術道場の助講師で、その後英国人女性と結婚し、夫婦で英国柔術パフォーマンス興行をしたそう。
19世紀末~20世紀初頭のレースのつけ襟が美しい。洋服を沢山持っていなかった時代はつけ襟でお洋服の雰囲気を変えて楽しんでいたのかもしれないですね。「風柳荘のアン」では、ダンスに緑のドレスしか着ていくものないキャサリンにアンがお手製の赤いシフォンのつけ襟をプレゼントしてましたね。
型紙と作り方のダウンロードはこちらからできますので、ご興味のある方どうぞ。YoutubeでAmerican Duchess capeまたは#ADcapecultで検索すると、実際に作ってみた人の動画が見れて楽しいです。でも作り方難しそうなので私には難しそう。でも可愛い・・・ americanduchess.com/collections/bo…
1910年代のケープが素敵。American Duchessというレトロ靴メーカーのHPから型紙と作り方が無料ダウンロードできて、そこから火がついて去年インスタで流行したそう。前のクロスしてる部分が可愛いし、スタイルもよく見えそう🥰しかし毎度ながら自分で作るには敷居が高いです。
鎖を解き舟を出す美しい姫。ジョン・W・ウォーターハウスの名画「シャロットの女」は、アーサー王伝説のエレーン姫の悲話を題材にしたテニスンの詩の一場面を描いたものだそうですが、アンのエレーン姫ごっこのおかげで、子どもの頃は「舟が浸水してとても困っている人」の絵だと思っていました😅 twitter.com/officeyuko/sta…
19世紀のトルコ石の指輪。「風柳荘のアン」で下宿先の未亡人達とレベッカ・デューがアンの真珠の婚約指輪に興味深々で、ケイト叔母さんが船乗りだったご主人から昔もらったトルコ石の婚約指輪を見せてくれるシーンがありましたね。きっとエキゾチックな雰囲気のする素敵な指輪だったのでしょうね。
「風柳荘のアン」のプリングル夫人の「卵36個使うパウンドケーキ」を米国の図書館員さんが当時の手法で再現。全卵18個+卵黄18個と同重量の砂糖・小麦粉・バターを足すと焼く前の重量がなんと9.6lbs(4.4kg)!焼きあがり後の切り口のどっしり感がすごい。 36eggs.com より画像拝借しました
Etsyでパフスリーブつきケープレットを見かけて恋に堕ちたのですが、完成品ではなく編み図のダウンロード販売だそうで、編み物全くできない私には敷居が天ほど高いです😅 シックな色で編んで、紫水晶風ブローチを留め具にしたら素敵だと思うんですよね。 #パフスリーブ選手権
19世紀後半~20世紀初頭の手をモチーフにしたジュエリー。手が持っている物に意味が込められていたそう。例えば右上の薔薇&勿忘草や左下のつないだ手のブレスレット(バンド部分が遺髪)は故人を偲ぶMourning jewelryなのだとか。それぞれ愛する人への想いが込められていたのでしょうね。
19世紀末のパラソルのレースカバーが繊細で美しい。味気ないシンプルな傘でも、自分のオリジナルの模様のレースで覆ったらこんなに素敵になるんですね。レース編みといえばジョーシー・パイが品評博覧会で賞を取るほどの腕前だけど、彼女もこんな素敵なパラソルを持っていたのかもしれませんね。