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𝟲/𝟮𝟵 #ビートルズの日
#ビートルズ記念日 🇯🇵🇬🇧
57年前─𝟭𝟵𝟲𝟲年(昭和𝟰𝟭年)のこの日、羽田空港に到着。初来日。当時の東京ヒルトンホテルに宿泊。同ホテルの「紅真珠の間」にて記者会見
6/30~7/2 日本武道館全5回公演
7/3 離日。103時間の滞在……
最初で最後の日本でのコンサートでした
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ザ・ビートルズ/サム・アザー・ガイ
1962.8.22 キャヴァーン・クラブ
ジョン、ポール、ジョージ、リンゴのビートルズ、お馴染みの最古の映像をHQで
ここに映っている観客はこれから、この4人組が起こす事をリアルタイムで体験していけるのだなと思うと、だいぶ羨ましい
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43年前の今日の出来事:
𝟭𝟵𝟴𝟬年(昭和𝟱𝟱年)𝟭月𝟭𝟲日
「ポール・マッカートニー、日本で逮捕」
この日、ウイングスの日本ツアーのために成田空港に到着したポール。しかしスーツケースの中からマリファナが発見され、関税法違反と大麻取締法違反(所持)の現行犯で逮捕。来日公演はすべて中止に。 twitter.com/i/web/status/1…
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#ジョン・レノン #JohnLennon
7年3か月後のヨーコさんの言葉が胸を打ちます
𝟭𝟵𝟴𝟬.𝟭𝟮.𝟴 𝟭𝟵𝟴𝟴.𝟯.𝟮𝟬
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𝚁𝙴𝙼𝙴𝙼𝙱𝙴𝚁𝙸𝙽𝙶 #𝙹𝙾𝙷𝙽𝙻𝙴𝙽𝙽𝙾𝙽 ☮
𝟭𝟮/𝟴 ジョン・レノンの命日
42回目のメモリアル
今なお人を惹きつけ、インスピレーションを与える、ずば抜けた存在
ジョンの活動はあの日から、永遠に中断されてしまった感じもする
「もしジョンがいたら……」
𝕎𝔼 𝕊𝕋𝕀𝕃𝕃 𝕄𝕀𝕊𝕊 𝕐𝕆𝕌
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59年前の今日の出来事:
𝟭𝟵𝟲𝟯.𝟭𝟭.𝟰㈪
ザ・ビートルズ
王室臨席の「ロイヤル・バラエティー・パフォーマンス」に出演
(ジョン)“最後の曲になりました。
皆さんにも少し協力していただきたいと思います。
安い席の皆さんは拍手をしてください。
あとの方々は宝石をジャラジャラ鳴らしてください” twitter.com/i/web/status/1…
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ポール・サイモン&ジョージ・ハリスン
ヒア・カムズ・ザ・サン
テレビ番組 “サタデー・ナイト・ライヴ”より(𝟭𝟵𝟳𝟲.𝟭𝟭.𝟮𝟬放送)
ポール・サイモンが「僕の友人のジョージ・ハリスンです」と紹介。
一曲目にジョージのビートルズ時代の代表曲を演奏。
二人がとても素晴らしい。名演でしょう。 twitter.com/i/web/status/1…
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ビートルズ
ユア・マザー・シュッド・ノウ
テレビ映画“マジカル・ミステリー・ツアー”より(𝟭𝟵𝟲𝟳)
アウトテイク映像等を含むクリップ。映画のフィナーレの場面に使われた印象的なこの曲は、チャペル・レコーディング・スタジオで録音。ブライアン・エプスタインが最後に立ち会ったセッションでした
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ジョン・レノン最後のテレビ出演より(𝟭𝟵𝟳𝟱.𝟰.𝟭𝟴収録)
“𝐀 𝐒𝐚𝐥𝐮𝐭𝐞 𝐭𝐨 𝐒𝐢𝐫 𝐋𝐞𝐰 𝐆𝐫𝐚𝐝𝐞”
この日3曲を演奏(うち2曲が放送)
そしてラストに歌われたのは「イマジン」
1962年にビートルズでデビューしてから約13年
これがジョンが公の場で最後にライヴ演奏した曲となった
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ザ・ビートルズ🇬🇧デビュー60周年記念
ジョンとポールが出会った1957年からグループ事実上解散の1970年まで
画像でつなぐ𝙿𝙷𝙾𝚃𝙾 𝚂𝚃𝙾𝚁𝚈
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ビートルズ
ベイビーズ・イン・ブラック
日本武道館公演より(𝟭𝟵𝟲𝟲.𝟲.𝟯𝟬)
濃いモス・グリーンのスーツの4人
一本のマイクで歌うジョンとポール、間奏でワルツを踊るようなステップ
このデュエット曲について「どっちがメインのメロディーだ?」との質問にポールは「どっちもメインだ」と答えた
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ジョージ・ハリスン
ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス
“プリンス・トラスト・コンサート“より(𝟭𝟵𝟴𝟳.𝟲.𝟱-𝟲)
1968年発表のビートルズの名曲。ギターソロをエリック・クラプトン、ドラムを叩くのはリンゴ・スター。レコーディング時のメンバー3人がステージに揃った貴重な演奏。
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ジョージ・ハリスン最後のテレビ出演より(𝟭𝟵𝟵𝟳.𝟱.𝟭𝟰収録)
ジョージはアコギで3曲を演奏
このときラストに歌われたのが「オール・シングス・マスト・パス」
これがジョージが公の場で最後に歌った自身の曲
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ブラックバード
ウイングス・メルボルン公演より(𝟭𝟵𝟳𝟱.𝟭𝟭.𝟭𝟯)
1968年発表のビートルズ・ナンバー。ポールが公民権運動に触発されて書いた作品で“楽器一つ手に取れば歌える曲”。70年代から現在までライヴの重要なレパートリー。ビートルズになる前、ブラックバーズはグループ名の候補だった。
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ビートルズ
アイ・アム・ザ・ウォルラス
テレビ映画 “マジカル・ミステリー・ツアー”より(𝟭𝟵𝟲𝟳)
ジョンが「100年経っても楽しめる」と言った中期(サイケ期)の集大成的ナンバー。当時のスタジオ技術を駆使した奇跡みたいな曲。独特すぎる歌詞の世界観にも注目。これ以降ジョンの作風はR&Rへ回帰。
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ビートルズの
𝐇𝐄𝐋𝐏!四人はアイドル
𝟭𝟵𝟲𝟱年度 イギリス映画
『ヘルプ!』のレアな日本語吹替版。
指輪を狙うカルト集団が作戦を展開するシーン。面白い。笑えます。
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53年前の今日の出来事
𝗔𝘂𝗴𝘂𝘀𝘁 𝟴,𝟭𝟵𝟲𝟵:
ザ・ビートルズの4人がアルバムのジャケット写真撮影のため、アビー・ロードの横断歩道を渡る─
あの有名なレコードジャケット
🅰🅱🅱🅴🆈 🆁🅾🅰🅳
🄲ᵒᵛᵉʳ 🄿ʰᵒᵗᵒᵍʳᵃᵖʰʸ 🅂ᵉˢˢⁱᵒⁿ スライドショー
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#イントロがすばらしい曲
ザ・ビートルズ|ヘイ・ブルドッグ
アニメ映画 “イエロー・サブマリン”より(𝟭𝟵𝟲𝟴)
このシーンは米国公開のときにカットされ、後にソフト化の際に復元。
ピアノのリフを基にした曲。現在ではグループの屈指のロックソングの一つとして再評価され人気もある曲。
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『ヘルプ!4人はアイドル』/ザ・ビートルズ
レアな日本語の吹き替え版。ナレーションまで加わり独特すぎて笑えます。
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サムシング
コンサート・フォー・ジョージより(𝟮𝟬𝟬𝟮.𝟭𝟭.𝟮𝟵)
ジョージ・ハリスンが他界して一年後に開催された追悼コンサートから。ビートルズ時代の大名曲を。前半のポール・マッカートニーのウクレレの弾き語り。👏👏👏。このライヴから今年で20年になりますね。
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ストロベリー・フィールズ・フォーエバー
ザ・ビートルズ
“アニメ・ザ・ビートルズ/エピソード34”より
𝟭𝟵𝟲𝟳年発表の不朽の名曲。この頃の実際の4人は髭をたくわえてました。
アニメの中のビートルズは音楽で孤児院の子供たちに色を加えて元気づけていきます。お薦めの回の一つ。
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アンド・ユア・バード・キャン・シング│ザ・ビートルズ
“アニメ・ザ・ビートルズ”より
アメリカABCで放映されていた同アニメのシーズン3のオープニングテーマ。
𝟭𝟵𝟲𝟲年の『リボルバー』収録。作者のジョン自身は捨て曲と見ていたみたいですが、音楽誌からは高い評価を受けた。
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デイ・トリッパー
ザ・ビートルズ
テレビ番組 “ミュージック・オブ・レノン&マッカートニー”より (𝟭𝟵𝟲𝟱.𝟭𝟮.𝟭𝟲放送)
ジョンとポールの作詞作曲パートナーシップを称えるスペシャル番組。当時の最新シングルを演奏(マイミング)。彼らの最高の純粋なロックンロール曲の一つ
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ワン・アフター・909
ビートルズ
ルーフトップ・パフォーマンスより(𝟭𝟵𝟲𝟵.𝟭.𝟯𝟬)
ジョンが10代の頃に書いた曲。1963年にこの曲をローリング・ストーンズに売り込んでたみたいで。
アルバム『レット・イット・ビー』には、この屋上でのテイクが収録。しかしスゴいロケーション