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「論破できる人カッコいい」っていう風潮があると思うのですが、相手の議論の弱点を突いて自分の(一時的な)優位を示す「論破的思考」よりも、互いの議論の穴を補い合うことで、新しい洞察を共に獲得できるような「対話的思考」の方がよほど建設的だし、これからの社会にもマッチしている気がします。
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これは言うべきかどうか悩んでいたのですが、この際なので言います。去年何人かの人に「VTuberというものを観ています」と話した時に、「え、無理かもw」「あー…そういうのなんですね」みたいな反応を割と露骨にする人たちがいました。しかもその人達は日頃「対話は大事だ」と主張する人達でした。
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ご報告です。某学術誌に投稿したVTuberに関する哲学の論文が査読に通ったとのご連絡をいただきました。VTuberをテーマにした哲学の査読論文は、少なくとも国内では初めてです。
2名の先生に査読をしていただけたことで、「VTuberの哲学」が学問分野として成立しうるという確信を得ることができました。
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その場の空気感から明らかでしたが、あれは見事な偏見の現れ方だったと思います。
見た目がanime-like visualだから受け付けないのでしょうか? そして自分が理解できないものを楽しんでいるコミュニティが気持ち悪いのでしょうか?
日頃「差別は絶対に許せません」と活動する人達が、こういう場面では
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非常にナイーヴに(当人を目の前にしてなお!)偏見を露呈するという事実に、正直驚きを隠せませんでした。
VTuberの方への異常なまでの誹謗中傷や、近年始まったばかりの「VTuber文化」に対する強烈な無理解は、こうした「だって変じゃんw」といった差別的な姿勢に端を発しているのかもしれません。
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最近驚いたことの一つとして、「批評」という言葉を「筆者の人格を揶揄したり中傷しながら重箱の隅をつつきまくる(それによって粗を探す)」という意味で理解している人が一部いるみたいなのですが、これ、どういう文脈でこういう使い方をする人たちが現れちゃったんですかね…。一体何の影響なのか…
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この点に同意されない方は、多くの場合、不必要に攻撃的な口調になる傾向性が高いと思います。
(相手を委縮させるような言い方をしたり、小ばかにするような言い方をします)
なお、こうした「対話的思考」は、哲学研究者たちが哲学書を読む(解釈する)際によく行っている読み方の一つでもあります。
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こちらの加賀美ハヤトさんの「質問力」、実際の哲学の学会でも通用するレベルですので、学会の質疑応答の仕方に悩んでいるという方がおられたら、是非こちらを参考になさってください!
【Ib リメイク版】実は前情報一切ナシです。【にじさんじ/加賀美ハヤト】 youtube.com/clip/UgkxLKllr…
#加賀美ハヤト
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大昔の哲学書をわざわざ読んで「この著者はおかしい」と評価したところで、得られるものはあまりないですからね…。
哲学書を読むときに重要なのは、現代の世界観では見出すことのできない物の見方を発見する精神的態度だと(個人的には)思います。論破自体が目的になるべきではないと思います。
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最近は「抽象的な」という言葉が単に「曖昧な」という意味で使われ過ぎていると感じるので、自分は「抽象化された」という言い回しを用いるようにしています。「抽象化された」文章は必ずしも「曖昧」ではなく、むしろ明晰に論理構造を示してくれていることの方が多いからです。
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何かの専門を極めている人は本当に魅力的に見えます。そういう人たちは、大抵自分たちのスキルと結びついた「特殊な現実の認識方法」を持っているので、そういう人たちから話を聴けるのがとても楽しいんです。
極限まで専門性を深めた人は、常人とは全然違う「世界の見方」をしてるんだと思います。
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これからの時代は「とにかく知識を蓄える」ための知性よりも、「目の前に提示された信頼性不明の情報を“知識”として受容して良いのか否か」を判断できるような知性の方が重要になってくると思います。なので、「出典や整合性を確かめる」という“研究者的な発想”は社会にとって非常に有用だと思います。
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僕の友人(博士課程)が翻訳を担当したのですが、半年経っても約束されていた報酬が支払われず、その件について問い合わせても全然返信がなく、挙句の果てに突然「原稿の確認をお願いします。二日後までに」という連絡を受け取るという始末。
まるで大学院生を搾取するような構造に憤りを隠せません。
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昨今の話題を観ていると、「論破」というのは「自分の議論の脆弱性を絶対に認めない」という態度を固持し続けた人が最終的に獲得する自己認識なんだろうなぁと思います。どれだけ無理筋のことを言っていても、自分に都合の良いファクトだけを持ち出して絶対に立場を譲らない。まさに悪徳だと思います。
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大学院生は「学生」の延長と思われがちですが、実際やっていることは大きく異なります。学生がやることは基本的に「勉強」で、アカデミズムの蓄積をインプットするのが学生の本分です。それに対して、大学院生がやることは基本的に「研究」で、アカデミズムに対して新規の成果をアウトプットします。
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しばしば「哲学なんて何の役に立つんだ」と言う人がいます。ですが、この世の醜いことも、美しいことも、それを明晰に言語化する人がいなければ、「その時何が起こったのか」を正確に理解することはできません。
物事の理解のレベルを根本的に上げるためにこそ、哲学の営みは必要だと考えています。
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学振シーズンですね。
今、多くの大学院生が「日本学術振興会特別研究員」に採択されるべく、申請書を執筆されていると思います。
そこで、これまで複数の研究計画書(学振・助成金等)や出版企画書(講談社等)を通していただいた身として、いくつかコツ(意識すべき点)を書いていきたいと思います。
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レポートや論文の文章を書く時は、「どんどん行数を足して文字数を稼ごう」と意識するのではなく、「冗長な説明を省いてなるべく少ない文字数で論理を繋ごう」という意識を持った方が良いと思います。
1万字書くよりも、1000字で事柄を上手く説明する方がよほど難しく、挑戦する価値があるからです。
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査読論文の中では、キズナアイさん、月ノ美兎さん、ときのそらさん、HIKAKINさん、鳩羽つぐさん、加賀美ハヤトさん、兎田ぺこらさん、星街すいせいさん、姫森ルーナさん、樋口楓さん、白銀ノエルさんといったVTuberの方々を事例として取り上げました。
論文が刊行された暁には、またご報告いたします。
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bookclub.kodansha.co.jp/calendar?_ga=1…
思った以上に反響がありましたので、この場を借りてご報告させてください。
ちょうど一か月後に、講談社現代新書さんから本が出ます。タイトルは『独学の思考法 地頭を鍛える「考える技術」』です。
読書猿さんの『独学大全』を筆頭に、いま「独学ブーム」が起きていますが、
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大学院に進学された方は、「自分なんかが発表したら迷惑じゃないか」とか、「恥かいて終わるんじゃないか」と遠慮せずに、とにかく発表の機会があるなら一度申し込みをしてみることをお勧めします。締め切りができると人は動けますし、とにかくこういうのは「最初の一回」がめちゃくちゃ重要なので…。
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哲学を学んで得られたことの効用の一つとして、「理解のできない点を明確に理解できる」というのがあります。哲学を学ぶと、相手が用いる一つ一つの概念に注意深くなれるので、「どの言葉が曖昧だから話が理解できないのか」を比較的明確に理解することができます。これは有意義なスキルだと思います。