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第一次大戦のチンタオでのドイツ人捕虜に日本の収容所敷地の草刈をさせたら、まず最初に縄を張って区画をわけ、各班で担当を割り振って最終的に完全にやりきって驚いた。
って読んだなぁ
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日露戦争中に「金州丸」という輸送船が撃沈されて、乗船していた歩兵一個中隊がほぼ壊滅という事件があったのですが、当時の記事を読むとその名簿中に私の曽祖父の名前が!
しかし曽祖父は生還しているのに同生存者中に名前が無く…戦死扱いに???
そこで気になって少し調べてみました・・・続く
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大戦末期、陸軍の兵隊が下士官に
「お前、この戦争勝てると思うか?」
て聞かれて、本音も言えず答えに窮したので
「○○殿はどうお考えですか?」
て返したら
「…お前と同じ考えだよ!じゃぁな。」
って去っていった。
そんな話ありましたね。
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だいぶ前に調べたことなのですが、教科書や歴史本だと「神風のおかげ」という見解は戦前よりも戦後以降のほうが強かったような。戦前期までは案外正確に書かれていました。
勝因は「神風」ではなかった? 「元寇」に新たな見方:朝日新聞デジタル asahi.com/articles/ASK14…
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コロ助についていつも思うのが、
「茶せん髷」
「朱鞘」
「長い鞘の先に滑車」
という歴史上または巷説で語られるカブキ者のイメージからネタを引っ張ってきているであろうにも関わらず、それを講釈も無しに一目見て可愛い、というところに収めてある藤子先生のデザインは素晴らしいということ。
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昭和11年に発生した226事件の直前に不穏な動きを察知した陸軍が山下陸軍少将宅を盗聴録音した音源が残っているんだけど、家族の女性の通話もあり「~でごザーマスでショ。」といった当時の山の手言葉の日常が記録されていたのが興味深い。
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知人の地元に「はらしょうさん」と呼ばれていたおじいさんが居て、きっと原田正一さん的な本名だろうなとずっと思っていたところ、ある日知った本名が全く違っており、家族に尋ねたところ
「あの人は抑留帰りでよくロシア語で「ハラショー」と言ってたのでハラショーさんなんだよ」と言われ驚いたそう
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捨てられるゴミを大事な物だと考えて、バカにされようと対価を払って数十年も引き取り続けていた人がいて、ある日誰かに
「そのゴミには価値があると判った!貴方にはふさわしくない。こちらに寄越せ!」
と言われたら
「何を今さら」
と呆れ果てるのではないでしょうか。news.yahoo.co.jp/articles/324f2…
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今でもそうですが、身体、精神の障害って見た目で判るとは限りません。
特に情報伝達の手段が限られた昔は親族、近隣住民同士でも様々な局面で挨拶回りしないと誤解される部分は今以上に大きかったのではないでしょうか。
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