棒兵隊(@bouheitai1958)さんの人気ツイート(新しい順)

1
【沖縄戦:1945年7月5日】「退山する者は殺害すべし」─住民を“人間の楯”とした久米島の海軍鹿山隊と、島の少女を連れまわし逃亡を続けた鹿山正|棒兵隊 #沖縄戦  note.com/bouheitai1958/…
2
【沖縄戦:1945年6月27日】久米島に上陸した米軍は住民の安里正二郎に降伏勧告書を渡す。安里が海軍鹿山隊に届けると、鹿山は安里を「スパイ」として殺害した。以降鹿山隊は住民を次々と虐殺していく。鹿山は戦後、「島民の日本に対する忠誠心をゆるぎないものにするため」と住民虐殺を開き直っている。 twitter.com/bouheitai1958/…
3
【沖縄戦:1945年6月27日】「島民の日本に対する忠誠心をゆるぎないものにするためにやった」─海軍鹿山隊による久米島の住民虐殺はじまる|棒兵隊 #沖縄戦  note.com/bouheitai1958/…
4
「慰霊の日」は「今日であるけど今日ではないんだ」ということを心のどこかに留めておいてほしい。言っていることの意味がわからないのであれば、その意味を考えてみてほしい。それもまた大事な「慰霊」である。
5
【沖縄戦:1945年6月23日】この日未明、牛島司令官と長参謀長は切腹介錯をもって自決、ここに第32軍は壊滅した。しかし「最後迄敢闘し生きて虜囚の辱めを受けず」との軍命により、なお戦闘と住民の犠牲は続く。沖縄戦の公式な降伏調印式は1945年9月7日。「大日本帝国」降伏のさらに後のことであった。 twitter.com/bouheitai1958/…
6
新大久保駅で転落した男性を救出しようとした韓国人留学生イ・スヒョンさんとカメラマンの関根史郎さんらが亡くなる事故から明日26日で22年。韓日の架け橋になるとのイさんの遺志を継ぎ設立されたLSHアジア奨学会は、今も日本で学ぶアジアの留学生らへ奨学金給付を続けています。忘れてはなりません。
7
米海兵隊員らによる沖縄少女暴行事件から今日で27年となります。
8
銃弾が投げつけられた危ない。はい確かにそうですね。そうならば、その危ない銃弾がぼこぼこ落ちている北部訓練場返還地の問題を真剣に考えてくれますよね。
9
【沖縄戦:1945年8月18日】鹿山正率いる久米島の海軍鹿山隊が、住民に投降を呼びかけていた島出身の仲村渠明勇さんを「スパイ」と断じ、明勇さんを妻子もろとも刺殺、遺体ごと家を焼き払った。3人の遺体は「ヤギを焼いたように真っ黒で頭がなかった」そうだ。「終戦」から3日後の鹿山隊の凶行である。 twitter.com/bouheitai1958/…
10
亡くなったウィシュマさんのこともこれくらいみんなで関心を持って哀悼の意を表してほしかった。
11
辺野古の海を埋め立てるのも基地を沖縄に押しつけるのも、十分立派な民主主義への挑戦だと思いますけど。
12
米軍属によるうるま市の女性殺害事件から明日で6年。その悲しむべき事件をうけ、沖縄県外の警察官が沖縄に派遣される特別出向制度が始まったが、今度はその特別出向で沖縄に派遣されていた県外の警察官が沖縄の高校生に警棒を振るい、失明させた。なんともやりきれない。
13
日本政府にこのたびのロシアのような侵略行為をさせないよう憲法9条がある。今こそ戦争反対、9条守れの訴えが大事だ。
14
佐渡金山はもとより、日本各地の鉱山で植民地出身者が過酷な労働を強いられていた。戦前の沖縄・西表島の西表炭鉱では、特に台湾出身者が働かされていたが、沖縄戦のさなか、西表島の日本軍が炭鉱労働者と思しき台湾出身者を「スパイ」として処刑したとの証言もある。こういう歴史を伝えねばならない。
15
ヒトラーは国民大多数の支持を得て独裁者になったのではない。実はナチ党は正当な選挙で単独過半数をとれず、保守系与党と連立政権を組み、野党を暴力的に議会から排除することで独裁政権を築いていった。与党にすり寄り野党に「党本部に乗り込むぞ」などとすごむ政党は、本当に警戒しなきゃいけない。
16
新大久保駅のホームから転落した男性と、男性を救出しようとした韓国人留学生イ・スヒョンさん、そしてカメラマンの関根史郎さんの3人が亡くなる事故から明日で21年。イさんの死をきっかけに設立されたLSHアジア奨学会は、日本で学ぶアジアの留学生らに奨学金給付を続けています。忘れてはなりません。
17
加藤陽子先生は昭和初期に軍部が擬似的な改革者として国民に期待された事実を紹介し、現代でも「国民に、本来見てはならない夢を擬似的に見せることで国民の支持を獲得しようとする政治勢力が現れないとも限らない」と警告する。「見てはならない夢を擬似的に見せる」。今の「維新」がまさにそれだ。
18
71年1月13日、51年前の明日、沖縄の米軍知花弾薬庫で発生した毒ガス漏出事故をうけ、米軍が毒ガスを撤去移送するレッドハット作戦が始まる。当時の沖縄の人々が掲げる「死ぬのはいやだ」との怒りのメッセージは、米軍によりコロナが拡大する今の沖縄の人々の声でもあろう(画像:沖縄県公文書館所蔵)。
19
70年に発生した沖縄のコザ騒動より今日で51年。騒動を撮影した当時の映像に記録されている「この沖縄人の涙が分かるかお前らは!」との沖縄の市民の叫びがあまりに悲壮で切ない。
20
女の子の戦争孤児が「器量良し」から順に農家に引取られ、売買春業者にも売られていったと回想する自身も孤児だった女性Aさんは、戦後かなりの年月が経ってから会社の慰安旅行で温泉街に行った際、疎開先で一緒だった女の子の孤児が芸妓として働いていたのを目撃している。温泉にはそんな歴史もある。
21
1968年11月19日、53年前の今日、ベトナム戦争で北爆などを繰り返していたB52が嘉手納基地で大爆発を起こし、近隣住民が負傷した。画像は72年、爆発事故により一時撤退するも、ベトナム戦争のため再び嘉手納に集結するB52(沖縄県公文書館所蔵)。沖縄がいかに戦争の真っ只中にあったかを示す画像だ。
22
45年9月7日の降伏調印により日本軍の沖縄戦は「終結」するが、驚くべきことにこれ以降も沖縄の日本軍の「慰安所」は存続し、宮古島では少なくとも45年10月3日まで「慰安所」が運営され、「慰安婦」にさせられた女性たちの苦しみが続いた。沖縄戦「終結」とは誰にとっての「終結」なのか注意が必要だ。
23
1945年の今日、沖縄戦の正式な降伏調印式が行われる。そのちょうど一年前の44年9月7日、沖縄の日本軍は「本島ニ於テモ強姦罪多クナリアリ 厳罰ニ処スルヲ以テ一兵ニ至ル迄指導教育ノコト」と日本兵による沖縄住民への性暴力事件の多発を報告している。こうした軍と性暴力の問題は沖縄で今も続ている。
24
沖縄少女暴行事件から今日で26年。事件をうけ当時のペリー国防長官は「日本が求めるあらゆる提案を検討する用意がある」と基地縮小の検討を示唆した。しかし日本側から基地縮小や移転の話はなかった。モンデール駐日大使は「日本政府は在沖海兵隊を追い出したくなかった」と回想している。
25
【沖縄戦:1945年8月18日】鹿山正率いる久米島の海軍鹿山隊が、住民に投降を呼びかけていた島出身の仲村渠明勇さんを「スパイ」と断じ、明勇さんを妻子もろとも刺殺、遺体ごと家を焼き払った。3人の遺体は「ヤギを焼いたように真っ黒で頭がなかった」そうだ。「終戦」から3日後の鹿山隊の凶行である。 twitter.com/bouheitai1958/…