警察への全件情報共有は、虐待を有効に抑制できる手立てになり得るかどうかが疑わしい一方、児相のケースワークを変容させるリスクもある。特定のケースを引き合いに出して政策を語り始めると、中長期的なリスクを見失いやすい。
目黒のケースをきっかけに、【児童虐待八策】を求める署名運動が始まった。賛同できるところは多いけど、見過ごせない問題もあるので、書き留めておきたい。
目黒のケースについては、検証報告どころか、捜査も始まったばかり。これを引き合いにして政策を語るなんて、そもそも危険すぎる。僕もずっと情報を追っているけれど、信頼に値する情報は極めて乏しい。
結局、いま政策提言をするということは、過去の知見にエビデンスを求めるしかないということ。目黒のケースを引き合いにだす意味は「煽り」以外にない。
ここに名前を連ねている人たちは、目の前で子どもの命が失われていく現場のヒリヒリとした空気を本当に知っているのか。警察への情報提供があれば結愛ちゃんの命を救えたはずだと本気で思っているなら、過去の検証報告を読み直してほしい。このケースの問題点は、おそらく別のところにある。
親権停止の有用性を過信しているところも気になる。親権停止をすれば問題が解決するという発想は、親権があれば何をしてもいいと言い張る虐待親の歪んだ理解と表裏一体。丁寧なケースワークを可能にする体制を整えれば、大鉈を振るってまで分離しなければならないケースはむしろ減少する可能性もある。
このキャンペーンには、安易に賛同すべきでない。見通しの甘い政策を進めて、誰が被害を受けるのかをよく考えてほしい。 僕が出会うのは、こうやって社会に振り回されてきた若者たちばかりだ。
新設された監護者性交等罪が適用できないケース。児童福祉法違反(児童に淫行をさせる罪)でも認定されれば実刑にはなったと思うけど,検察はハードルの高い準強制性交罪の適用を求めた。しかし抗拒不能を証明できなかった。だから無罪になった。 準強制性交|父親無罪 mainichi.jp/articles/20190…
一つ目は,「親子間の性行為はすべて処罰すべきだ。」という意見について。この問題については,先般の刑法改正で監護者性交等罪が新設され,監護者が18歳未満の子どもに影響力を行使して性行為に及んだ場合は,強制性交と同様に処罰されることになった(刑法179条2項)。
この監護者性交等罪は暴行・脅迫を要件としていない。だから個別の性行為に際して暴行や脅迫がなくても処罰の対象になる。立法的な手当ては,一応はなされている。
岡崎支部の無罪判決について,色々と疑問や誤解があるようなので,念のため書いておきたい。 mainichi.jp/articles/20190…
遡って適用できないのかという疑問が湧くかもしれないが,刑罰法令の遡及適用は認められない。現時点で適法とされる行為が,後になって違法だと評価されて処罰を受けることがどれほど危険なことか,理解するのは難しくないと思う。
しかし監護者性交等罪が適用できるのは施行日(2017.7.13)以降に行われた行為に限られる。岡崎支部のケースでは,被害女性は施行日の時点で18歳を超えていたはずなので(同時の改正で準強姦から名称変更された準強制性交等の適用が主張されている。),監護者性交等罪ははじめから選択肢に入らない。
児童福祉法違反については,適用の可能性はあったはずだけど,なぜ検察が選択しなかったのかは分からない。仮に判決書が公開されたとしても,一連の経過の中で検察がどの行為をどんな理由で切り取ったのかは判決書には記載されないから,確認する術がない。
二つ目は,「なぜ児童福祉法違反ではなく準強制性交なのか。」というもの。児童福祉法34条1項6号は「児童に淫行をさせる行為」を禁じていて,違反すれば10年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金に処せられる(児童福祉法60条1項)。
対象を18歳未満に限っていることを問題視する声もある。確かに,18歳になった途端に抵抗できるようになるというのは性虐待の実態とかけ離れている。しかし18歳でなければどこで線引きをするのか。たとえば20歳に引き上げたとして,なぜ20歳でいいのかを合理的に説明することは難しい。
岡崎支部のケースでも,同様の悩みがあったのかもしれない。18歳以前に被害を受けていたことは疑いないとしても,特定の被害を取り出して起訴状に書き込むことが難しかったのかもしれない。
しかし日常的に性虐待が行われている中で,被害を特定するのはたいへん難しい。被害者からすれば,「2年以上前だったらいつでもいいんですけど,絶対に歯磨きを忘れなかったと言える日を特定してください。」と言われているようなもの。
ひとつ考えられるのは,児童福祉法違反では立証が難しいと検察が判断したということ。児童福祉法は「児童」に淫行させる行為を処罰の対象にしているけれど,この「児童」は18歳未満の者を指すから(児童福祉法4条1項),18歳になる前の被害を立証する必要がある。
三つ目は,「日本では子どもをレイプしても無罪になる。」という意見。担当裁判官の顔を晒しているブログや,それを引用するツイートも目立つ。
「日本では」という言い方も気になる。これは刑事裁判だから,海外でも無罪になることはある。むしろ日本の無罪率が極めて低いことはよく知られている。海外なら有罪になったはずだと言い切れるようなデータは,少なくとも僕は把握していない。
こういった場合,いちばん立証しやすいのは直近の被害。しかし岡崎支部のケースでは,直近の被害は18歳になった後のものだから,児童福祉法違反は適用できない。そうなると,使えるのは準強制性交しかない。抗拒不能のハードルが高いことは分かっていても,他に手段がなかった可能性がある。
この意見は,監護者性交等罪が新設されたことを踏まえれば,まったくの誤解であることは明らか。監護している18歳未満の子どもと性行為に及んだ場合,処罰を免れる余地はほとんどないだろう。もちろん,捜査機関に認知されなければ有罪にはならないけれど,それは性犯罪に限った話ではない。
それから何より見過ごせないのは,この言葉が,いま行われている性虐待の言い訳に使われるおそれがあること。性虐待の加害者は,暴行も脅迫も用いず,「2人の秘密だから。」,「話したら家族がバラバラになる。」と言って子どもの抵抗する力を奪う。
岡崎支部が抗拒不能の認定を誤ったのかどうかは,弁護士資格を持っている僕にも評価できない。でも,子どもが性虐待に抵抗することが極めて難しいということ,それは18歳を超えても変わらないということが,多くの裁判官に経験則として受け入れられていないことは事実。