それにしても、この木村英子さんの懸命の「声明」に対してすら、早くも出てくる不可知論・判断停止・擬似客観主義・似而非〝公正中立〟・融和主義の恐ろしさ。「差別」に〝中間〟はあり得ず、個別の案件ごと、被害当事者と共に闘わない限り、見て見ぬ振りを決め込む者を含め、程度の差はあれ加害者に。
那覇地裁前。山城博治さんらの即時釈放を求める大集会、さきほど終了。しかし、まだ多くの人びとが、おのおの、思いを共有する参加者とともに、現場に。
野原善正氏「離党」問題。「大西除籍」総会に関しての、主体性を欠き混乱した情緒的対応から現在まで、そもそも何より重大な大西発言自体への野原氏自身の見解が全く表明されていない。党組織の論議以前に、少なくとも国会議員を目指した立場としてこの是非の判断を明確にするのは最優先の責務だろう。
再びの『沖縄 今こそ立ち上がろう』は、最高潮に。皆で腕を組み、輪になっての大合唱。
その直後、今回につながる一連の「命の選別」を主張する大西発言に接しました。しかし上述の経緯と、この問題は広く共有される必要を感じ、以後は山本氏の目にも触れることを願いつつ『週刊金曜日』の連載で2回、大西氏への批判と共に山本氏の党の在り方を問い、またブログでも詳述したものです。(→
宜野座映子さんの挨拶。「今朝、島袋文子さんから電話がありました。『とても元気だよ~』と。『戦争は、みんな死んでゆくんだ。だから、絶対にしてはならないんだ。血の水を飲んで生きてきた私は、脚が不自由でも、最後まで声を上げ続けるんだ』と」