「自由の前に公共の秩序を考えろ」理論、ほぼほぼレフティにぶっ刺さって全損すると思うが……。 twitter.com/_0ranssi_/stat…
いま地域社会で「お宅の子どもがうるさい」「保育園を建てるな」「公園でボール遊びするな」と訴えているのは主として高齢者である。かれらが子どもに対して「冷たく」なってしまったのにはちゃんとした理由がある。私たちの暮らす街が「地域社会」から「ただ住んでいる場所」になってしまったからだ。
インターネットによって成敗された「ねこホーダイ」だが、おそらく2020年代以降の論点として無視できない側面を含んでいる。世間は今回はこれを「正義」としてやっつけることができたが、しかし遠からず「ペットを飼うこと」そのものに倫理的な批判が向けられるフェーズが必ずやってくる。
阪神淡路大震災で亡くなったのは主に高齢女性で、それは「すでに同年代の男性が世を去っていたから」である。なんらかの性差別的な作為がそこに働いていたわけではない。そのことは天声人語の本文にすら書いてあったのである。大椿氏はいったいなにを読んだのか。……令和の怪談である。
僕はむしろ、自分の田舎に利益誘導もできないような人が国政選挙に出る必要はないと思っているんですよね。東京にすべてを献上するのであれば政治家なんてやらないでいいと。 twitter.com/n3jBpbJCMRc1Ce…
SNSで「ポテサラ爺さん」的な迷惑な他人をぶっ叩く論調が大盛り上がりする一方、「地域が子育てをする私たちに冷淡だ!」というのは、一見すれば無関係に思われるかもしれないが、これらはつながっている。私たち全員が合意して、この「子ども・子育て世帯に冷たい社会」をつくった。
「頼んでもないのにジジババをはじめ近隣住人が関わってくるのは厄介」というのはそのとおりだが、しかし一方でそういう人たちの中からでしか「いざという時助けてくれる存在」は現れない。前者を排除しながら後者を温存するようなことはできない。
よって「法的措置」については監査申し立てをしている人ではなく、萌え叩きで恨みを募らせた勢いで暴言吐いている人なんかをターゲットにして「正義は勝つ」のパターンではと予想。
正直な想いを述べると、私はいまこの時代に多感な10代を過ごさなくて本当によかったと胸をなでおろしている。あれもこれも欲しいティーンエイジャーで、SNSで同年代の「成功者」や「自分よりキラキラした生活をしている人」を次々に可視化されるのは、やはりしんどいだろう。
世間や社会に好き放題物申しておきながら、自分が言われたら「攻撃」とか「誹謗中傷」とか「からかい」とか言い出す奴、本当にダサいよ。
3割上昇は草 【速報】東電 来週にも値上げ申請 “家庭向け”3割前後値上げ(FNNプライムオンライン(フジテレビ系)) #Yahooニュース news.yahoo.co.jp/articles/a6c28…
思うに、ジェンダーギャップ指数が広く知られたことが「反動」を強める原因になったと思う。順位だけでキャホってたのはフェミだけで、他の人は内訳を正確に読解し「あれ、これって女が働きもせず政治参加も嫌がってるだけでは??」と気づいてしまった twitter.com/osa30865287/st…
他人の「いいね欄」を掘り進めて「差別主義の内心を持っている認定」なんていうのも、かれらからすれば“マジ”でやってることです。
ルンペンブルジョワジーというのはようするに、実務的スキルを持たず就業能力の低いくせにやたらと学歴は高い人文系大卒者のことで、かれらが労働市場でダブついていくなかで「WOKE」や「ポリコレ」が、企業社会のなかで「仕事化」していった。
立派な肩書も経歴もない名もなき人が「まともなこと」を言っているのにだれからも注目されず、他方でご立派な学歴や肩書の人が無茶苦茶なことを言ったらそれが爆バズ――みたいな非対称性を延々見せられる時代に、よし自分も盛るぞ、って誘惑に負けてしまう人が出てくるのは、そんなに不思議じゃない。
「家族解体の一里塚としての同性婚賛成・夫婦別姓賛成」みたいなスメルを漂わせている人間を旗頭に使いすぎて合意形成が頓挫する、みたいなパターンはこれからも繰り返されていくだろうな。
SNS「Colabo問題」に注目集まる 東京都、1月4日に監査請求の結果を公式発表 - サンスポ sanspo.com/article/202301… via @SANSPOCOM
萌えオタくん、なんていうか彼らは自由なんか別に大事じゃなくて、自分たちに都合がいいから「自由を守れ」と言っていたにすぎないのだなという傍証が次々に集まってくる。 twitter.com/oakandeggplant…
先日アメリカでの3週間の旅を終えて帰国した田端さんと会ったとき、「牛丼と無料のエロ動画、このふたつが日本に暴動が起きない大きな要因になっていると思うんですよ」と語っていたことを思い出す。
「自由にやりなさいよ、それで死のうがどうしようがお前さんらの自由でしょ」と言い出すちょっと前まで、自粛しない人を間接的な人殺しとまで煽りたてる風潮をさんざんつくっておいて「しがない専門家のいち意見でござい」はそりゃないんじゃないかと思うが、まあ個人の感想ですね。
「嫌いな奴がいること」よりも、「嫌いな奴のこと、嫌いな奴が出す作品のことを好きな奴がたくさんいる」という光景が、人間にとって憎悪を深めてしまう。なぜならその光景は、「人それぞれだから」ではなくて「お前の価値観は間違っている」という挑戦に見えるから。
中高年リベラル・インテリ・エリートが、自分たちが「差別主義者」になりたくないからと、後輩たちのキャリアや人生を「生贄」に捧げてやり過ごそうとしている。そして「生贄」によって生まれた道徳的優位性だけは、ちゃっかり自分の懐に収めている。
また監査請求に対して非難の声をあげる人も、「請求者の動機(内心)が問題なのだ!」みたいな話をしてしまうのはさすがにおかしいだろう。モリカケやオリンピックの疑惑について監査を求める人びとの「内心」はOKだが、今回の事例ではアウトというのは、通らないだろういくらなんでもそれは。
この事件について自分は【2020年】に、言論業界でたったひとりだけ、「法治主義を無視した私刑キャンペーンはおかしい」とはっきり異議申し立てをした。これで色々と叩かれたが、1ミリも後悔していない。むしろ言論人としての責務を全うしたと胸を張っている。 gendai.media/articles/-/785…