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「僕、恋人のこと甘やかしたい主義なんですよ。」
クロオさんはそう言うとわたしの隣に腰掛けて、そのまま寄りかかってくる。
「会社では周りの目もあるからおまえだけ特別扱いするわけにもいかないしさ、だから誰に見られない家ではとことん甘やかしたいわけ。」
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隣の席に戻ってきた男の子がノリノリで鼻を鳴らす。
「飲みの最後の最後にカップルができるなんて、めっちゃ良くね?」
「はいはい。」
「ついでに盛り上げ追加するために、俺らも付き合っちゃう?」
「付き合わないから。」
なんでよー、と言いながら男の子はわたしの肩に頭を乗せてくる。
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ぎゅ、と手に力が籠った。
それから、少し身を乗り出すと繋いでいない方の手でわたしの髪を耳にかける。
そして顔を寄せると耳元で子どもが初めての秘密を教える時のように囁いた。
「このままイワチャンのところに行かせたくないって思うのは、おまえのことが好きだからじゃないの?」
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2週間ぶりのケンマの助手席は、やっぱり乗り心地が良い。
「‥‥ねえ、聞いてる?」
あ、これやばい。
昨日寝てないから押し寄せてきた睡魔。
なんかケンマが話していたのを適当に頷く。だめだ、やっぱ好きな人の隣にいると安心してしまう。
抗えないのがわかってそのまま目を閉じた。
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「‥‥‥‥スナくんが、わたしのことどう思ってるのかちゃんと知りたかったなぁ。」
「え‥‥‥?」
わたしの言葉にびっくりするように顔を上げたスナくん。
あ、だめだ。なんか泣きそう。
「じゃ、じゃあ!気をつけて帰ってね!」
そう言って無理矢理スナくんの背中を押してドアを閉めた。
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「冗談じゃないだろ」
その言葉と共にわたしの膝の上にクロオの着ていたジャケットをかけられる。
「そのワンピース、かわいいけど丈が短いから俺とのデート以外で着るなって言った。」
「ちょ、クロオ!?」
頬杖をついてこちらを睨むクロオ。
「なに、ガチな感じ?」
と男の子は呟く。
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「おれは、」
クロオは何か言おうとして、だけどグッと息を呑む。
それから
「‥おまえがそうしたいならそれでいいよ。」
と呟いた。
ほら、ね。またこうやって自分の思いを我慢してわたしばっかり優先させる。
お互い気持ちがあるのはわかってるのに、別れを選択する術しかなかった。
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「‥‥置いてけばいいじゃん。また来るでしょ。」
ケンマから出てきた言葉が意外すぎて驚く。
だけど「いやいや。」と言いながらわたしは笑った。
「あのね、もう多分そうそう来ないから。だから連れて帰るの。」
「‥‥。」
なんかケンマは不満気だったけど鞄にマグカップをしまった。
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