1976
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。フィリピン情勢。フィリピン南部ミンダナオ島マラウィ市で続くフィリピン軍とイスラム過激派組織『マウテグループ』との戦闘に、約100名規模のアメリカ軍特殊部隊が投入されました。マウテグループは過激派組織イスラム国への忠誠を誓っています。
1977
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。アフガニスタン情勢。アフガニスタン東部ナンガルハル州に展開するアメリカ軍兵士3名がアフガニスタン軍兵士に射殺される事件が発生。この一帯ではアメリカ軍とアフガニスタン軍が共同戦線を張り過激派組織イスラム国掃討作戦を展開していました。
1978
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。パキスタン情勢。パキスタン西部のバルチスタン州で過激派組織イスラム国が中国人教師2名を拘束し殺害したことを発表。テロとの抗争が続くパキスタンは、中国の世界経済戦略である『一帯一路』の重要回廊として約5兆円の規模の投資が発表されていました。
1979
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。アフガニスタン情勢。アフガニスタン西部ヘラート州で爆破事件が発生。アフガニスタン西部一帯はいままで比較的治安状況は安定していました。アフガニスタンの混乱が全土に広がってきている現状。
1980
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。イラン情勢。7日に首都テヘランで発生した銃撃テロ事件。イスラム教シーア派が大多数をしめるイランでは、スンニ派の流れを汲む過激派組織イスラム国による攻撃は初めてであります。反面、イラン革命防衛隊側は衝突が続いたサウジアラビア関与の疑惑を報告。
1981
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。イラン情勢。イランの首都テヘランにある国会議事堂や宗教指導者であったホメイニ廟で銃乱射テロ事件が発生。イランと敵対する過激派組織イスラム国が犯行声明。イランのイスラム教シーア派と多数派スンニ派の宗派対立を煽る狙い。
1982
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。フランス情勢。フランスの観光名所であるノートルダム寺院周辺で、警察官を襲撃する事件が発生。欧州でのテロが連鎖。さらにオーストラリアのメルボルン郊外でも集合住宅を襲撃する事件が発生し、過激派組織イスラム国が犯行声明。
1983
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。イギリス情勢。6月3日にロンドン中心部で発生した襲撃テロ事件。過激派組織イスラム国が犯行声明。実行犯の身元が判明してきています。パキスタン系のイギリス人や北アフリカのつながりをもつ人物が確認されています。
1984
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。フィリピン情勢。6月2日に発生した首都マニラにあるリゾート施設襲撃テロ事件。死亡した実行犯が、元フィリピン財務省の職員であることが確認されました。フィリピン政府側は過激派組織イスラム国との関係を否定。対するイスラム国側は犯行声明を発信。
1985
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。アフガニスタン情勢。先月31日首都カブールにある日本大使館周辺で発生した自動車爆破テロ事件。アフガニスタン政府によるテロ対策の不備に、国民の不満が爆発。首都カブールで大規模な反政府デモが発生し、警察部隊と衝突。
1986
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。フィリピン情勢。6月2日に発生したリゾート施設銃撃放火事件。中東を拠点とする過激派組織イスラム国が犯行声明。フィリピンでは南部ミンダナオ島周辺を拠点とする過激派組織アブ・サヤフがイスラム国への忠誠を宣言していました。
1987
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。フィリピン情勢。フィリピンの首都マニラにあるショッピングモールで、立てこもり事件が発生。37名の市民が犠牲となっています。フィリピンではドゥテルテ大統領がすすめる麻薬戦争やテロとの戦いによって治安状況が混乱する事態が続いていました。
1988
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。アフガニスタン情勢。アフガニスタン首都カブールで自動車を使った爆破テロ事件が発生。380名以上の死傷者、在カブール日本大使館でも2人の職員が負傷しました。この一帯は諸外国の大使館が集中する地域であり治安部隊も多数配置されている状況でした。
1989
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。フィリピン情勢。フィリピン南部ミンダナオ島でイスラム過激派組織とフィリピン軍が交戦。過激派壊滅作戦を続けるドゥテルテ大統領はミンダナオ島限定であった戒厳令をフィリピン全土に広げる可能性を示唆しています。
1990
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。中東イラク情勢。イラク首都バグダッドでイスラム教シーア派市民を狙った爆破テロ事件が発生し、50名以上の死傷者がでています。過激派組織イスラム国が犯行声明。イスラム教の国々では今月27日からイスラム教の断食月であるラマダンが始まっています。
1991
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。エジプト情勢。エジプト軍は26日発生したコプト教徒襲撃テロ事件の報復措置として、隣国リビアのデルナにある過激派組織の軍事訓練拠点を空爆。リビアは2011年カダフィー独裁体制が崩壊して以降、内戦状態。武装組織が暗躍する土壌となっていました。
1992
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。エジプト情勢。エジプトで多発しているキリスト教の流れをくむコプト教徒を狙ったテロ事件。エジプト中部でコプト教徒の巡礼バスが襲撃を受け、29名の乗客が殺害されました。先月にもアレキサンドリアでテロ事件が起きたばかりでした。
1993
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。インドネシア情勢。首都ジャカルタで発生したテロ事件。世界のイスラム教国の中で最もイスラム教徒の人口が多いインドネシア。中東を拠点とする過激派組織イスラム国から帰国した若者たちが繰り返し事件を引き起こしてきています。
1994
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。東南アジア・タイ情勢。プミポン国王が逝去されたタイでは皇太子であったワチラロン国王が次世代を引き継ぎました。反面、タイは依然として3年前の軍事クーデターによって暫定軍事政権が権力を握り、反発する勢力による爆破攻撃が断髪的に続いています。
1995
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。フィリピン情勢。フィリピンのドゥテルテ大統領が南部ミンダナオ島全域に戒厳令を発動しました。イスラム過激派組織イスラム国に忠誠を誓う武装組織アブ・サヤフ掃討作戦を展開。戒厳令の期間は現時点で60日。麻薬・テロ戦争が拡大しています。
1996
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。イギリス情勢。中部の街マンチェスターで発生したコンサート会場爆破テロ事件。テロの実行犯として北アフリカ・リビア移民のつながりをもつ22歳の若者が浮上。マンチェスターで生まれ育ったホームグロウンテロを象徴する経歴があがっています。
1997
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。イスラエル情勢。アメリカ・トランプ大統領がイスラエルを訪問。ディール外交(究極の取引)と銘打って、イスラエルとパレスチナ自治政府双方と会談。聖地エルサレムを巡るパレスチナ問題では、二国家共存に固執せず、イスラエル寄りの外交姿勢。
1998
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。アフガニスタン情勢。アフガニスタン首都カブールで活動していたNGO(非政府組織)の職員が武装組織の襲撃を受け、ドイツ人女性が死亡、フィンランド女性が拉致されたことが確認されました。
1999
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。イラン情勢。19日行われたイラン大統領選挙で、現職のロウハニ大統領(68歳)が再選。穏健派としてイランの門戸を世界に開いていくことでイランの存在力を高める姿勢が支持されました。今後、アメリカ・トランプ政権との関わり合いに注目が集まります。
2000
こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。イラン情勢。イラン大統領選挙が行われ、開票作業に入っています。現職の穏健派ロウハニ大統領(68歳)と保守派のライシ元検事総長(56歳)の事実上の一騎打ち。18歳以上の有権者による直接選挙。