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「店長」 「ひぃ!!」 呆けている間に男の子が戻ってきて、店主に伝票を差し出した。 「オーダーです。枝豆と焼き鳥五点盛り」 人ではないその客からオーダーが来たのは初めてだった。なにせ誰もあの黒いなにかに近付けない。そもそも客だと思ったことすらないし、初めて見たときには阿鼻叫喚だった。
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そもそも大前提としてそこからなのだ。 すっかり腰の引けた店主に、男の子はあきれた様子で溜め息をついた。 「神様ですよ」 「いや、そりゃお客様は神様だけど、あれは」 「だから、神様なんです。あのお客さん」 「……………………………は?」
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◇ つまり、夜遅くにやって来る人間ではない黒いなにかは神様なのだと男の子は言う。 「神様にも色々いるけど、町の中にいる神様は基本的に人間が好きです。大好きだから側にいるんです。でも神様って、人間に忘れられちゃうとどんどん自分の姿がわからなくなっちゃうっていうか」
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「きみ、まさかあれが人間にでも見えてるのかい?」 出来上がった料理を男の子に渡しながら尋ねると、彼はきょとんと目を丸くした。 「まさかぁ」 「く、黒くて、へどろみたいな、もやみたいな」 「お客様に向かってへどろとかやばくないですか?」 「お客様、でいいのか?あれは?」
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「えぇと、冷酒冷酒……」 男の子は冷蔵庫を漁って冷酒の小さな瓶を取り出した。 店主も我に返り、恐る恐る焼き鳥を焼き始める。 オープンキッチンからは、テーブル席に身を落ち着けた人間ではない客の姿がちらりと見えた。 男の子は人間の客にするように綺麗な所作で冷酒とグラスを置いている。
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テーブルを離れようとした男の子だが、それに呼び止められたようだ。持ち上げかけた腰を再び下げ、うんうんと相槌を打つ。考えるような素振り、なにかを答え、そしてくすくすと肩を揺らして笑う。 店主は驚いた。なんと彼は、あのなんだか分からない化け物と談笑をしているのだ。
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しわしわのお年寄りを飼ってるやつもいてほしいな。 「うちの地球人はもう年齢いってるからみんなのとこのみたいに元気じゃないよ。細かい作業が好きで、よく窓際に二人で座って料理の下拵えとかのんびりやってる。目が悪いみたいでたまに俺のとこに見てもらいにくるけど、そういうとこもかわいいよ」
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「料理冷めちゃうんで、あとで話しますね」 男の子はトレーを持ってあの客のもとへ行ってしまう。 迷ったが、店主は男の子に着いていくことにした。自分はこの店の主なのだ。なにが起こっているのかくらいは把握しなくては。 「お待たせいたしました」 男の子が声をかけると、黒いそれは
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「招かれたのに誰にも歓待してもらえない、食事も酒も出してもらえなかったって落ち込んでたみたいですよ。忙しかったからダメだったんだろうって日を改めたけど、やっぱり誰も側に来てくれないって」 「それ聞くと罪悪感がすごいけどあれだよ!?どうやって歓待したらいいんだい!」
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「枝豆と、焼き鳥の五点盛りです。串気を付けてくださいね。これは串入れ。枝豆の殻はこっちに入れてくださ……ああ、まるごと食べちゃった。大丈夫ですか?しょっぱくておいしい?あはは、良かったです。お好きなように召し上がってください。ええ、お客様が美味しいと思うように」
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と黒いそれの向かいに腰を下ろした。 串も殻も関係なくなにもかもがそれの中に消えていくのをゾッとしながら横目に見やり、店主は逃げるように店の奥へ戻った。 「あ、お皿はダメです!ダメ!だーめ!!」 皿でもなんでも食わせていいからどうにかしてくれ。店主にとっての神はあのバイトの男の子だ。
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男の子は優しく告げて離れようとしたが、また引き留められたようだ。 困ったように振り返る男の子が「すみません」と店主へ頭を下げる。 「こちらのお客様、話し相手になってほしいって……そういうお店じゃないし、お断りした方がいいですよね?」 「とんでもない!話し相手になってあげて!」
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やはり聞き取れない声でなにかを言った。男の子のことをいたく歓迎した様子だ。へどろのようなもやのような体から無数に生えた、触手のような毛のようななにかがわさわさと蠢く。 咄嗟に口を押さえてしまった店主だが、男の子はにこりと口角を上げると客の前に恭しく皿を置いた。
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翌日、男の子からそんなことを聞かされた店主は、聞いたそばから右から左へ流れていこうとする言葉をなんとか噛み砕いた。どれもこれも現実味がなくて、耳慣れないのだ。 「て、てっきりお化けかなんかだと」 「あそこまでなっちゃったら見分けつかないですよね」
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「でも、そろそろ掃除とか始めないと」 「僕がやっておくから!もう他にお客さんも来ないだろうし!ね!」 「いいんですか?……じゃあ、お願いします」 客に向き直った男の子は「店長がいいって言ってくれたので大丈夫みたいです。ここ座っていいですか?」
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「あそこまでなってなくても分からない気がするよ。ていうか、君は分かるんだね……」 「そりゃあ、神様ですし」 「そう……」 店主は察した。彼の言葉を理解するのは無理だ。そもそも話をしている土台が違う。 「それで、あの神様?を、うちに来させなくする方法とかって」
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冷静な男の子の言葉に、店主は記憶を振り返った。 初めてあの人間ではないものがやって来た日───。 「バイトの子が、いらっしゃいませ、って」 「はい、招いてますね」 姿も見ずに声をかけ、振り向いたバイトの女子大生は腰を抜かしたのだ。
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ご足労いただいたのに……え、あ、はい、体はなんとも。元気ですよ。あなたは?お腹空いてませんか?取り敢えず中へどうぞ」 どうやら危惧するようなことはなにも起こらなかったらしい。 盛大な安堵の溜め息をつく店主のもとへオーダーが届く。刺身八点盛り。肉じゃが。枝豆。
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店主がそう切り出すと、男の子はぎょっとしたように飛び上がった。 「なんてこと言うんですか」 「え、だ、ダメ?」 「神様を門前払いするつもりですか?」 そう聞くと確かにものすごく無礼で酷いことのように思う。しかし見た目はあれだ。営業に多大な弊害が出ているし。
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「じゃあまさか君は、このままあの神様とかいう化け物を歓迎し続けるって!?」 「一度招いてしまったのをこちらの都合で一方的にお断りするのはかなりやばいと思いますけど」 「招いたのは君じゃないのかい!?」 「違いますよ」
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ラスト近くのシフトに入ってくれるバイトは彼以外いない。 しかしそれでは定休日の他六日間をでずっぱりになってしまうし、予定があったときなどは大変なことになる。 そこで男の子は、自分のシフトを神様に伝えることにしたらしい。神様も、自分を快く歓待してくれるスタッフがいた方が嬉しいからか
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「俺も詳しいわけじゃないから」 「いや十分詳しい」 彼にからかわれているわけではないのなら、店主にとっては十分有識者だった。 ◇ それからも夜になると、あの神様だという人間ではない黒いなにかはやって来た。 対応するのは男の子だけだ。他の誰にも出来やしないし、そもそも
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しかし彼の話を聞く限りでは、悪いものではないようだ。だからと言って、はい大歓迎です!とはいくらなんでも難しいものがある。 「……あの神様は、もとからああいう姿だったの?」 店主の質問に、男の子は「うーん」と頬を掻いた。 「どうでしょうね」 「どうでしょうねって」
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どうか怒らずに穏便に帰ってくれと祈りながら謝罪を繰り返していると、残念そうな声がぽつりと聞こえてきた。え、と顔を上げると、もうそこには神様の姿はない。 帰ってくれた。あっさりと。 店主はへなへなと座り込んだ。 「神様ありがとう……」 この場合の神様とは、あの客のことになるのだろうか。
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素直に言うことを聞いてくれているようになった。 男の子は相変わらず神様を客として扱う。恭しく、丁寧に。毎度毎度話し相手をするからか、態度は大分軟化して気安いものになっていたが。 そんなある日、急な予定が入り男の子が休むことになった。これに慌てたのは店主だ。神様が来てしまう。