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魔王を倒した功績でお城に呼ばれるとかいう悪夢みたいなことを騎士が言い出した。城を軽トラで走り回っていいならいいよって言ったら行かなくて良くなった。さて帰ろう。あの人はなかなかやってこない深い森の中へ……。
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最悪なことに騎士が帰ってしまうと、部屋に一人でいるのがとても悲しくなってくる。一人でもそもそと食べる食事に虚しさを感じてしまう。来訪を告げる玄関のブザーが鳴ると(騎士はインターホンを覚えている)なぜかホッとする。
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引きこもりの家は二階建ての一軒家。かつては父と母と祖父と祖母と引きこもりが五人で暮らした田舎の木造家屋だ。一人で暮らすには広すぎて、何年も開けてない部屋だってある。そう、両親の部屋とか、開けてない。急に二人が死んでしまう前だって、そんなに入ったことが無かったが。
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何年もそうしているうちに、やがて最初は明らかに自分より年上だった騎士が、少し歳を取ったことに気付いた。初めは少年の気配が漂っていたのに、背はのびきって体は屈強になり、髭を生やすようになり、そして笑顔の時目尻の皺を深く感じるようになった。
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引きこもりは家を出ることにした。田舎、騎士の実家の領地のはじっこらしい長閑な村に一軒家を貰って、村人に教わって見よう見まねで果物などを育て始めた。家を出たと言っても冷蔵庫の中身や風呂やトイレは恋しいので、それらは実家のを使っているが、普段は新しい家で過ごしている。
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自分が歳を取っていないことを引きこもりは思い出した。この家の中にいる限り、自分は歳を取らない。ずっとずっと30代前半のまま、ずっとずっと親を亡くした時のまま、ずっとずっと自主退職した時のまま。ずっとずっと。