SOW@(@sow_LIBRA11)さんの人気ツイート(新しい順)

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まぁそう考えるとものすごいもんで、惨憺たる有様でしたが、日本は先の大戦で、アメリカ、イギリス、中国、フランス、ソ連、あとオランダ? まぁ世界の大国と年単位でやりあったわけです。 それが「できちゃう」くらいの力はあるわけですね、国債って。
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ただ上記のように、戦前戦後でインフレ起こりまくったので、最小でも物価が80倍くらいになってた・・・つまり、価値が1/80になってたので、ほぼ紙切れ状態だったそうですなw
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ああそうそう、そういえば、日本は太平洋戦争や大東亜戦争だけでなく、その前の日露戦争でも国債刷りまくって軍費にあてていましたが、実はこっちは踏み倒してません。なにげにちゃんと返済してます。
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「いやでもそううまくいくとは・・・」と思うかもですが、そう行くように方向性を定めることが、ほんとうの意味での「将来世代にツケを残さない」なんです。 今こうしている間も、いやすでに、この何十年ものあいだに、実は我々の子孫は次々と消滅しているのかも、しれませんね。
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「やるよ」と言うでしょう? だが、頑として受け取らなかったら? 「いや、子孫にツケは残せない。そんなことするくらいなら死んだほうがマシだ」と言い出せば? 「いいから受け取れ! このままじゃこっちが消える!」 もうすでに足元が消えかけてますよ、バック・トゥ・ザ・フューチャーみたいにw
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仮に、二百年前のあなたの先祖が現れ、「金がなくて死にそうだ、このままでは皆で死なねばならんかもしれん」と言い出すとします。先祖が死ねば自分も生まれません。 「いくら足りないんだ? いくらあれば死なずに済む!?」と尋ね、 「せめて百円(両)あれば・・」 と言われれば?w
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「将来世代のツケ」ってのは、実は残したほうがいいんです。子や孫どころか、曾孫や玄孫やその先まで。 島津の500万両が500万円になったように。 未来においてはさほど大した負担額にはならないわけですから。
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そうしている間に、ゆるやかに物価は上昇し、時になんらかの社会の変動・・・国内だけでなく国外を起因としたもので急上昇することは多い。百年単位での返済期間ならなおのことです。そのたびに、借金の価値は下がっていくわけです。
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仮にまっとうな機会を得たならば、年収1000万になれた我が子に、育成の投資を渋り、小遣い銭すら与えず、大学どころか高校も通わせなければ? その半分の年収を得るようになることも、難しいでしょう。
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「延々と莫大な借金を背負えというのか、将来世代にまで!!」と言うかもですが、親が家も土地も財産も残さず、自分にまともな教育も与えず、全部を借金返済に回してしまえばどうでしょう?
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「薩摩藩が潰れなければどれだけ時間はかかっても返ってくる」が成り立つならば、貸主側は「無理に返そうとして国が潰れて一銭も戻ってこないよりはマシ」となるので、無理して返さない方が、そっちも実は得なんです。
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もしも薩摩が「財政健全化だ」などと言い出し、税収の大半を返済に当てていたらどうでしょう? 藩の運営すら不可能になり、倒幕どころかその前に薩摩藩が潰れてました。
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これが、借金のおもしろいところなんです。 個人間の貸し借りならば、寿命や加齢による収入の減少などもあるでしょう。しかし、百年単位で借金が可能な信用のある国家ならば、ひたすら「返さない」方が、実はどんどん得をするのです。
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仮にかつての大商人たちの末裔が返済を求めたとしても、一人あたりの返済額は100万もないでしょう。 ちなみに島津家は今も続く鹿児島の地元大手企業ですから、払えと言われればその場で払える額です。
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そしてさらに60年経っての現在・・・1円の価値は1円です。薩摩が借りた500万両の借金は、現在の価値電も500万円です。いくらかは返済しているので、残っているのは400万円くらいでしょう。
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そして昭和恐慌を経て、日本はハイパーインフレーションが発動、なんと昭和の二十年で物価は300倍に上昇。さらに終戦後もインフレは年125%で続き、薩摩が借金をして120年目で、1円の価値は現在の10円にまでなります。 ですから5000万ですね。
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さらに日本は日清日露に第一次世界大戦と経験していき、好景気やら不景気やらなんやかんやあり、大正末期、明治初期には一円の価値は現在の600円くらいになります。 一兆円だった500万両の借金は、この段階で30億にまでなりました。
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しかも、明治になって、「円」が導入された際、「一両は一円」になりました。 この「円」の価値も、明治の末期には半分以下になってます。物価がどんどん上がっていたので。 この段階で50万両です。
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というのも、江戸期、この借金を拵えた200年前から、倒幕維新がなっての間に、えげつないインフレが起こりまくってんです。諸説ありますが、幕末の段階で最小で3倍、最大では6倍です。 この段階で、借金の実質価値、100万両以下になっていたわけです。
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そう考えると、「何だよ結局商人大損だったんじゃん」と思われるかもですが、さにあらずで、案外そうでもない。正確に言えば大損は大損だったんですが、被害額ならぬ被害価値は、さほどでもない・・・
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この「一定年数以前」に、たまたま、なんと、偶然にも、薩摩の「500万両の借金」が入ってたんですね。 まぁ・・・新政府のトップは薩摩出身者が占めてますがw
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ちなみに・・・「で、借金はどうなったの?」という話ですが、まぁ結論から言うと、踏み倒しました。 五十年くらいは返してたみたいですが、その頃に廃藩置県が行われ、「一定年数以前の藩政時代の借金は無効」となりました。
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この250万両の資産を元に、技術開発や経済振興を行い、さらに国力を増強したことで、薩摩藩は倒幕を果たしたと言われています。
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この長期返済型に切り替えたことで、藩士に給金も払うこともできなくなっていた薩摩藩は、一旦息を吹き返します。それから二十年も経たずして財政再建を果たし、なんと、国庫に250万両溜め込むまでに至りました。
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そうです、この時点で600年続いた国家に、「預ける」コレ以上の安心はそうはありません。 幸い毎年2万両ずつですが戻ってきます。 要は、島津国立銀行の低利息国債を購入したようなものです。