テロリストに寄り添うのって善悪を相対化して、テロリスト側に同情集めるためだしね >「テロリストには、社会で行動する権利はおろか、発言の機会も与えられるべきではない。安倍氏の事件も経た今、日本はより明確に、厳しくテロと対峙する姿勢を世界に示すときではないか」 zakzak.co.jp/article/202212…
まあ朝日新聞なんて赤報隊のテロは言論の自由を守る悲壮感で毎年、被害者ポジで、記事にしてるのに、安倍氏が殺害されたのは「動機ききゃテロじゃなかったそうです」とかテロリストに寄り添って紙面に書くわけですよね。あまりに卑劣すぎる日本の言論機関()
リベラルのみなさん、暗殺者の山上には「彼にもやむにやまれぬ境遇が~。よるべなき個人が~」とか寄り添おうとするくせに、赤報隊の皆さんには全然寄り添おうとしませんよね。「朝日新聞の反日報道がどれだけ彼ら赤報隊を苦しめたか!」とか一度寄り添ってみればいいんじゃないですかね?
これほんと酷い話で「俺たちの気に食わない政治家」が殺されるのは義挙だが、朝日社員や社会学者を殺そうとするのは言論への暴力であり卑劣なテロ!みたいなナチュラルな自動変換あるんですよね、いまのリベラル言論界隈。 twitter.com/NIWA_KAORU/sta…
かつて「終わりなき日常をいきろ!」とかいっていた宮台氏が、ただの平凡な一人の「アベガー」になっちゃってた。「どうしてこうなっちゃったのか?」――、彼の思想面や発言から事件を立体的に評価して、あなたのモヤモヤをスッキリさせるnoteです。 note.com/niwakaha/n/n9d…
それこそが宮台氏のいう「忖度するヒラメ、横をキョロキョロ見るキョロ目の空っぽな人間たちがぶざまに蠢いている日本人の劣等性」とかいうやつかもしれないので、一切の忖度もないニワカが徹底的に宮台氏を批判しておきました。はじめてニワカnoteを読むような人はびっくりするような内容だと思います
いまの言論界隈、言論人たち、「言論の自由」に与えられるまま甘ったれて、「テロ翼賛として“機能”するような言説」を無自覚に製造していた人間が、自分自身が襲われてから、「言論界隈はビビってないか」などと被害者ポジにたとうとするあまりにも「かっこわるさ」をちゃんと批判できていない。
だが不思議な話である。宮台氏はあれほど安倍の殺害した卑劣な犯罪者の境遇には寄り添おうとするくせに、他ならぬ自分=宮台真司を襲撃した犯人には全然寄り添おうとしないのだ。 なぜこんなダブスタをするのか。語るわけもない宮台先生にかわり、ニワカが代わりに語っておきました(邪悪)
そうそういつもの仕草だ。 「彼のやったことは間違っていた(責任回避)かもしれないが、やむにやまれぬ境遇があるんですよ。ほらほら、理解しましょうよ、よるべきなき個人が~!テロにまったく理がないわけじゃないよ?」という仕草だ。
この会場では元日本赤軍の映画監督も、そして宮台真司氏も、テロリストの「境遇」に寄り添うことに非常に価値をみいだした。宮台氏などはこの暗殺者山上大明神様によりそう映画について、「歴史的偉業」などとまでいっている。
これ、宮台氏が、どのように考えていたかは横においても、「言論の自由よりも安倍の殺害が優先する!テロ万歳!として機能したイベント」ということになりますよね。石坂氏は「これだけ(イベント会場に)同じ仲間がいるな~と思って」「非常に勇気づけられました」などと嬉しげに語っているわけだ。
ふえ?という感じだが、漫画家の石坂啓氏は、暗殺者山上について「うちらで(安倍の暗殺を)でかした!といったんですね」と称賛し、さらに「私と夫は山上様とよんでます」と披露した。この「山上様」発言に会場はドッとわいた。そしてもちろん、宮台氏も彼女にぱちぱち拍手していた。
宮台氏が一体どんな発言をしたのか詳細に再録検討し、それが全然、現実がみえてないものであり、なおかつ幼児性の発露であることは、noteに詳細にかいたので読んでもらいたいが、そもそも、この宮台氏がにやけ顔で出演したイベントでは、「山上様でかした!」で有名である。
そもそも宮台先生の使う「国民性」とか「○○人の劣等性」とかそういうものは、意外と人工的に形成されて、根拠がない。宮台真司氏自身がいだく「日本人の劣等性」イメージもとっくに実証的研究で否定されてるんですね、なおかつそういうイメージを抱く人間こそが実は・・・って話をかきました。
宮台先生のアレなファンネルからリプがついたが、「○○人の劣等性」とか「国民性」という非常に取り扱いに慎重にならねばならない言葉を、仮にも社会学者が「それらしく」バンバンと振り回す時点で、彼の学者としてのレベルが問われる、という当たり前の話ですネ
私は以下のツイートに書いたように、一応は社会学者を名乗る人物が、「日本人の劣等性」とか「地政学的に裏付けられた日本人の国民性なんですよ」などと、わかった気にさせる概念を、留保なく、こんな安直に使うことに驚嘆したのだった。 twitter.com/naranyon/statu…
エコーチェンバーたちに囲まれて幸せになる。なるほどなるほど、「自分以外みんなバカの中で空疎な信者に囲まれて幸せになる」――これが宮台先生自身のいう「空っぽな人間たちがぶざまに蠢いている日本人の劣等性」とかいうやつなのだろうか。先生の自己批評性の高さに敬服することしきりである。
ともかくも宮台氏の「必死感」を際立たせるのは、ひたすら、そんなスパム行為を称賛する自分のファンネルたちの「バカには、宮台先生の真意が読めていないんですよ」「日本人の3人に1人は日本語が読めない」というような「宮台様が理解できないのは愚民」系のツイートをひたすらRTしていることだ。
宮台氏的には「自分は山上を美化していないのに、こいつら知能が低すぎる」的なものだろうが、彼は完全に取り違えている。この「すれ違い」どこから生じるのか。しっかり解説した。むしろ彼は「自分は美化してない!」と考えてしまったこと自体が彼が社会学者でないナニカになってしまった証明なのだ
いささか宮台氏の精神状態が心配となるが、もはや襲撃による身体的損傷よりも、彼の過去の言論がそのまま自分に跳ね返り彼自身を精神的に蝕んでいることのほうが大きいかもしれない。現在の彼は、ひたすら自分の名前でエゴサしてスパムを送りつける哀しいbotと化しているのだ youtube.com/watch?v=JdLrZj…
現在、宮台氏は自己をとりまく冷ややかな空気に「必死」だ。ネットにかじりつき、自分に敵なすと考えた相手に文脈もおかまいなく、「統一教会ズブズブ&五輪疑獄が顕在化した。安倍の死以前にそれを問題化できない日本人の劣等性を何とかせよ」とスパムを送りつける壊れた人形の如くなってしまっている
宮台氏は幸いにして退院したが、「テロをしたって言論界隈は変えられないよ」などと「言論への暴力」の「被害者ポジ」で語りはじめようとする。さすがに多くの人に、「こいつはなにをいってるんだ?」「自分がやられたら言論圧迫、安倍がやられたら世直し」的にあつかわれるようになってしまった。
さて、前世紀末にオウムのテロ事件に「終わりなき日常を生きろ」とかいってた社会学者が「終わりなき日常」に耐えられず、すっかりテロリストの主張に便乗しマスコミや野党が動くことを「世直し機能」などというような「アベガー」になっちゃっていた……。なんでこうなった?それについて書きました。
宮台真司氏が嬉々として出演した元日本赤軍の監督映画トークショーが「言論の自由よりも安倍の殺害が優先する!テロ万歳!」として”機能”しても、それが言論の中で行われているのならば「言論の自由」なのです。私は宮台氏には反対だが、彼の言論は全力で擁護する。以上は大前提なので書いておきます
「安倍の選挙遊説中に言論を暴力で圧殺した暗殺者山上徹也の礼賛映画トークショーに嬉々として出演した宮台真司さん」を襲った犯人が1日も早く捕まることを願っております。卑劣な言論への暴力を許すな!一刻も早く捕まるよう犯人動画をシェアしておきます youtube.com/watch?v=uggG6n…